クラーケンを解き放つ:あらゆる産業システムに人工知能を簡単に実装する手段

運用コストを節約すると同時に生産性と効率性を高めることを目的として、産業環境での人工知能(AI)および機械学習(ML)アプリケーションの展開に関心が広まっています。しかし、技術者や技術管理者がみな認めるように、モータからHVACシステムに至るまで「非知能型(データ処理能力のない)」マシンの設置基盤を「スマート」化するには、対処しなければならない3つの大きな課題があります。

まず、需要を満たすために必要なAIおよびMLの専門知識を持つ人材が足りないこと、そしてそのような人材は安価では確保できないことがあります。2番目は、AIおよびMLシステムをトレーニングするための条件を満たすデータセットが不足しており、入手可能なデータセットも慎重に保護されていることです。3番目に、従来、AIおよびMLシステムの実行にはハイエンドの処理プラットフォームが要求されてきたことが挙げられます。

必要なのは、AIおよびMLの経験のない既存の技術者や開発者がAIおよびMLシステムを迅速に作成し、効率的かつ低コストのマイクロコントローラプラットフォーム上で展開できるようにする方法です。Cartesiam.AI社は興味深いスタートアップ企業で、NanoEdge AI Studioを使用してこれらすべての問題に対処しています。ここではそれについて紹介します。

AIおよびMLの増加を定量化する

2020年半ばまでに、情報元にもよりますが世界中で200~300億台のエッジデバイスが存在するようになる見込みです1, 2。この「エッジデバイス」という用語は、実世界と接するインターネットのエッジ(縁)に配置されたコネクテッドデバイスまたはセンサを指します。このうちAIおよびML機能によって増強される見込みなのは約0.3%にすぎません。さらに、2025年までにエッジデバイスは400億~750億台に増加するという予測があります3, 4。その時までには、少なくとも25%がAIおよびML機能を搭載する必要があると見込まれています。

産業展開に関連した大きな要因は、AIおよびML機能で増強することにより既存の「非知能型」マシンを「スマート」化することです。決して大げさな話ではなく、たとえば、米国だけでも6.8兆ドル相当の非知能型(データ処理能力のない)(レガシー)インフラや機械が存在していると推定されています5

エッジでAIおよびMLをより効率的に実行する方法

モノのインターネット(IoT)および産業用IoT(IIoT)がすでに普及しており、オブジェクトはすでに接続されるようになっています。次の課題はこれらのオブジェクトをスマート化することです。

AI/MLアプリケーションを作成するための従来の方法は、ニューラルネットワークアーキテクチャを定義することです。これには、ニューラルレイヤの数、レイヤごとのニューロンの数、さまざまなニューロンやレイヤを一緒に接続する方法が含まれます。次の段階は、条件を満たすデータセット(それ自体の作成にも膨大な量の時間とリソースが費やされた可能性あり)にアクセスすることです。データセットは、ネットワークをクラウドでトレーニングするのに使用されます(例:巨大な計算能力を持つハイエンドサーバを大量に使用)。最後に、トレーニング済みのネットワークをエッジデバイスでの展開に適した形式に変換します。

IBM Quant Crunch Report6によると、データサイエンス・解析(DSA)はもはや単なる流行語ではなく、なくてはならないビジネスツールになっています。ただし、DSAスキルを持つ人材の需給が非常にひっ迫しているという懸念が高まっており、米国だけでも現在データサイエンティストが130,000人不足しています。

残念ながら、熟練したデータサイエンティストおよび条件を満たすデータセットの不足が、AI/ML対応スマートオブジェクトを迅速かつ低コストで作成するための障害となっています。Cisco7によると、一般的にIoTプロジェクトの失敗率は約74%で、AI/ML対応プロジェクトに関してはこの失敗率はさらに高くなります。

IDC8によれば、世界全体でソフトウェア開発者が約2,200万人います。このうちおよそ120万人が組み込みシステムに携わっていますが、最低限のAI/MLスキルを持っているのはそのうちの約0.2%にすぎません。

物体の検出や識別を実行するマシンビジョンなどの一部のAIおよびMLシステムは、GPU(グラフィックス処理ユニット)やFPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)を含む特別なハイエンド計算デバイスを使用する必要があります。ただし、AI/ML技術の新たな開発により、非ビジョンAI/MLアプリケーションの大部分を組み込みシステムで一般的な比較的ローエンドのマイクロコントローラ上に展開できるようになります。

Statista9によると、マイクロコントローラの世界全体の出荷数は、2020年には280億個(1秒間に885個)に達する見込みです。これにより、マクロコントローラベースのプラットフォームは市場で最も普及したハードウェアになります。低コストかつ低電力消費のマイクロコントローラは、エッジにインテリジェンス(知能)をもたらすための最適なプラットフォームです。

データサイエンティストやデータセットを確保していて、実質的に無限の予算を持つ大企業にとっても、AIおよびMLに熟達するのは簡単ではありません。中小企業にとってはなおさらのことで、ほとんど不可能でしょう。状況が「現状維持」のままなら、2025年までに25%のエッジデバイスをAI/ML機能で増強することなど決してできません。マイクロコントローラベースの組み込みシステムの既存の開発者がAI/MLアプリケーションを開発する態勢を整えてくれるように期待しています。

AI/ML対応スマートオブジェクトを開発するための簡単かつ迅速で低コストな方法

産業環境における組み込みアプリケーション用の最もユビキタスな計算プラットフォームはマイクロコントローラであり、ArmのCortex-Mファミリ(特にM0、M0+、M3、M4、およびM7)よりもユビキタスなマイクロコントローラは他にありません。

図1:V2M-MPS2-0318Cは、Arm Cortex-Mベースのアプリケーション用の強力な開発プラットフォームで、多くのI/OとLCDディスプレイを搭載しています。(画像提供:Arm)

企業には従来の組み込み開発者がいます。必要なのは、トレーニングを実施することなく、何らかの方法でこれらの開発者にAI/MLのエキスパートのように行動してもらうことです。理想的なソリューションは、自己認識マシンを迅速かつ簡単に作成する能力を従来の組み込み開発者に付与することです。それらのマシンは、自動的に環境を学習理解したり、パターンを識別して異常を検出したり、問題と結果を予測したりできます。また、これらすべてを、低コストのマイクロコントローラベースのプラットフォーム上で、データが生成・キャプチャされるエッジに対して実行できます。

そのソリューションとは、はじめに示唆したように、Cartesiam.AIのNanoEdge AI Studioです。Windows 10またはLinux Ubuntu上で実行されるこの統合開発環境(IDE)を使用して、組み込み開発者はまずArm Cortex-M0~M7からターゲットマイクロコントローラを選択します。また、開発者ないし設計者はソリューションに割り当てるRAMの最大量を指定します。少しブランクがあったり、この分野の経験がない場合は、V2M-MPS2-0318C Arm Cortex-M Prototyping System+を使用して開始(または再開)することをお勧めします(図1)。

V2M-MPS2-0318Cは、開発ボードのArm Versatile Express製品ラインの一部です。これには、Cortex-Mベース設計を試作するための比較的大きなFPGAが付属します。そのために、全てのCortex-Mプロセッサの固定された暗号化FPGA実装が提供されています。また、PSRAM、Ethernet、タッチスクリーン、オーディオ、VGA LCD、SPI、およびGPIOなどの便利な周辺機器が多く搭載されています。

次に、開発者は使用するセンサの数と種類を選択する必要があります。Cartesiam.AIのアプローチの優れた点は、使用可能なセンサに難しい制約がないことです。たとえば、センサには以下が含まれます。

開発者は一般的なセンサタイプを定義するだけで、特定の品番を定義する必要がない点は重要です。

次のステップとして、コンテキストセンサデータを読み込みます。これは、各センサに関連する一般的なデータで、センサが何に対処することになるかをシステムに伝えます。

NanoEdge AI Studioは、産業AI/MLタスクの90%以上に対するソリューションの作成に使用できる一連の豊富なAI/ML「構成ブロック」を備えています。ターゲットマイクロコントローラ、センサの数とタイプ、および表示可能なセンサデータの一般的なタイプが知らされると、5億個の組み合わせ候補の中から最適なAI/MLライブラリソリューションが生成されます。

開発者が望むなら、付属のエミュレータを使用して、NanoEdge AI Studio IDEを実行している同じPC上でこのソリューションをテストすることも選択できます。その後、ソリューションはメインマイクロコントローラプログラム内に組み込まれ、コンパイルされ、ターゲットマシンと関連付けられることになるマイクロコントローラベースのシステムにダウンロードされます。

純粋な例として、2台の非知能型(データ処理能力のない)マシンをスマート化しようとしていると仮定します。この2台は、一方がポンプで他方はジェネレータです。また、この例では、温度センサと3軸加速度センサを使用して単一のソリューションを作成し、同じソリューションを両方のマシンに展開すると仮定します(図2)。

図2:NanoEdge AI Studio IDEを使用してAI/MLライブラリを作成およびテスト(オプション)した後、そのライブラリはメインプログラムに組み込まれ、コンパイルされ、ターゲットマシンと関連付けられることになるマイクロコントローラベースのシステムにダウンロードされます。学習フェーズ(通常は1日24時間の実行で1週間)の後に、推論エンジンを使用して異常を発見および報告し、将来の結果を予測できるようになります。(画像提供:マックス・マックスフィールド氏)

もちろん、これらの2台のマシンは全く異なる特性を持つことになります。実際には、同じマシンであっても、設置場所と環境に応じて非常に異なる特性を持つ可能性があります。たとえば、同じ工場の同じ部屋に20メートル間隔で設置された2台の同じポンプは、実装場所(一方はコンクリート上、他のは木の床の根太上)や接続されるパイプの長さ(および形や材質)に応じて異なる振動プロファイルを示す可能性があります。

プロセス全体のカギは、AI/MLソリューションを既知の良好なマシン上で個別にトレーニングすることです。通常、このトレーニングには1日24時間ノンストップで実行しても1週間かかります。これにより、システムは温度変動や振動パターンから特性を学習できます。もちろん追加のトレーニングセッションを後日実行し、異なる季節(外部アプリケーションの場合)や他の予測される変数に関連した環境変動に合わせてモデルを微調整することができます。

ソリューションのトレーニングが完了したら、提供される新しいデータからの推測を開始できます。これにより、パターンの識別や異常検出、問題や結果の予測を行い、その結論をダッシュボードに表示して、必要に応じた技術的な分析や経営上の分析を実行できます。

まとめ

NanoEdge AI Studioは「大変革をもたらす製品」であると言えます。これは直感的であり、組み込みシステムの設計者は、世界中で幾十億ものデバイスに組み込まれている低電力低コストのArm Cortex-Mマイクロコントローラを使用して、産業システムにAI/MLを迅速に、簡単に、かつ低コストで統合できます。これにより、データ処理能力のないマシンをスマートマシンに転換し、期待される運用コストの大幅節約を達成しつつ生産性や効率性を高めることができます。

リファレンス

1:https://www.vxchnge.com/blog/iot-statistics

2:https://securitytoday.com/articles/2020/01/13/the-iot-rundown-for-2020.aspx

3:https://www.helpnetsecurity.com/2019/06/21/connected-iot-devices-forecast/

4:https://securitytoday.com/articles/2020/01/13/the-iot-rundown-for-2020.aspx

5:https://www.kleinerperkins.com/perspectives/the-industrial-awakening-the-internet-of-heavier-things/

6:https://www.ibm.com/downloads/cas/3RL3VXGA

7:https://newsroom.cisco.com/press-release-content?articleId=1847422

8:https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=US44363318

9:https://www.statista.com/statistics/935382/worldwide-microcontroller-unit-shipments/

著者について

Image of Max Maxfield

Clive "Max" Maxfield received his BSc in Control Engineering in 1980 from Sheffield Hallam University, England and began his career as a designer of central processing units (CPUs) for mainframe computers. Over the years, Max has designed everything from silicon chips to circuit boards and from brainwave amplifiers to steampunk Prognostication Engines (don't ask). He has also been at the forefront of Electronic Design Automation (EDA) for more than 30 years.

Max is the author and/or co-author of a number of books, including Designus Maximus Unleashed (banned in Alabama), Bebop to the Boolean Boogie (An Unconventional Guide to Electronics), EDA: Where Electronics Begins, FPGAs: Instant Access, and How Computers Do Math. Check out his “Max’s Cool Beans” blog at www.CliveMaxfield.com

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