医療機器におけるバッテリの選択と最適化

著者 Steven Keeping(スティーブン・キーピング)

DigiKeyの北米担当編集者の提供

携帯型医療機器に最適なバッテリを選ぶことは、適切なプロセッサ、ワイヤレスチップ、フラッシュメモリを選ぶことと同じくらい重要です。電源の選択を誤れば、優れた設計の製品の性能を著しく損なうことになりかねません。

どのタイプのバッテリでも、充電、負荷、温度などのパラメータによって電圧が変化するため、負荷に対して一定の電圧を確実に供給するには安定化が必要です。

この記事では、医療機器に適したバッテリの化学的性質について簡単に説明します。その後、Analog Devicesの電圧安定化オプションを紹介し、実際の応用例を挙げて適用方法を示します。

バッテリ特性の理解

医療用製品のバッテリの選択には、以下のようなパラメータが影響します。

  • 必要なのは1次電池か、2次電池(充電式)か
  • バッテリサイズ、電圧、内部抵抗、容量、比エネルギー
  • バッテリの電気化学的性質
  • 適用できる安定化手法

1次電池は2次電池よりも自己放電が少ないため、使用間隔が長く空くようなシステムに適しています。欠点は、一度完全に放電したら交換して廃棄する必要があることです。

2次電池は、比較的消費電力が高い用途での使用に適しています。2次電池は一般的に1次電池よりも高価で、充電回路を組み込む必要があるためシステムの複雑性が増します。

バッテリの物理的なサイズはシステム寸法によってある程度限定されます。一方、必要な容量は、求められるバッテリ寿命とシステムの平均消費電力によって決まります。同じ電力貯蔵量で比べた場合、比エネルギー(キロジュール/キログラム(kJ/kg))が大きいほど、バッテリ重量は軽くなります。

バッテリの内部抵抗は電力を消費します。電気化学的性質、筐体の材質、バッテリ寸法がこの抵抗に影響します。また、小型バッテリは大型バッテリに比べて内部抵抗が高い傾向にあります。リチウム電池は一般的にアルカリ電池よりも内部抵抗が低いため、消費電力が大きく大電流を必要とする用途に適しています。機器の動作中、バッテリの内部抵抗はさまざまな要因の影響を受けますが、とりわけ放電の速度と深度、温度、バッテリ年数により変化します。

バッテリの公称出力電圧は、その電気化学的性質によって決まります。たとえば、ニッケル亜鉛(NiZn)アルカリ1次電池の公称電圧は1.5ボルトで、比エネルギーは720kJ/kg(200ワット時/kg(Wh/kg))です。リチウムマンガン酸化物(LMO)1次電池の公称電圧は3.0ボルト、比エネルギーは1008kJ/kg(280Wh/kg)です。

空気亜鉛電池と酸化銀(Ag2O)電池も、一般的に用いられている電池です。空気亜鉛電池は、亜鉛負極、電解ペーストセパレータ、空気極(正極)で構成されます。このタイプは、一般的にコイン電池フォームファクタで供給されます。正極が非金属であるため、空気亜鉛電池は軽量で比較的安価です。放電曲線が比較的フラットで、公称出力電圧は1.4ボルトです。

Ag2O電池は、銀の正極と亜鉛の負極を組み合わせて使用します。公称出力電圧はアルカリ電池と同等の1.55ボルトですが、容量が大きく放電曲線がよりフラットになる傾向があります。これらの電池は一般的に、同様の放電曲線を持つリチウム電池よりも安全で長寿命です。

表1は、さまざまな種類の1次電池をまとめたものです。

1次電池 最小V 公称V 最大V 比エネルギー
アルカリ電池 1.1 1.5 1.65 200Wh/kg
空気亜鉛電池 0.9 1.4 1.68 400Wh/kg
リチウムマンガン電池 2 3 3.4 280Wh/kg
二硫化リチウム電池 0.9 1.5 1.8 300Wh/kg
酸化銀電池 1.2 1.55 1.85 130Wh/kg

表1:さまざまな1次電池の電気化学的性質(最小電圧、公称電圧、最大電圧、比エネルギー)(画像提供:Analog Devices)

バッテリの電圧は放電するにつれて低下します。図1は、100ミリアンペア(mA)の定電流負荷をかけた単3アルカリ電池の出力電圧を示しています。1つまたは複数のバッテリがシステムのコンポーネントに1以上の常に安定した電圧を供給できるようにするためには、安定化が必要です。

エネルギーが消耗するにつれて低下するバッテリ電圧のグラフ図1:エネルギーが消耗するにつれて低下するバッテリ電圧この例は、100mAの定電流負荷をかけた単3アルカリ電池の出力電圧を示しています。(画像提供:Energizer)

医療システム用バッテリは、ANSI/AAMI ES 60601-1などの規格に準拠する必要があります。設計者は、信頼できるサプライヤと協力することで、候補に挙がったバッテリが規制要件を満たしていることを確認できます。

医療用バッテリ駆動システム用DC/DC変換のオプション

電圧の安定化により、選択したバッテリの出力をさまざまなシステムの入力電圧要件に対応させることができます。たとえば、3ボルトのバッテリで、ある回路に2ボルト、別の回路に1.1ボルトを供給するとしましょう。安定化は、放電中にバッテリ電圧が低下した際に確実に一定電圧を維持するためにも使用できます。

電圧安定化に用いる市販のDC/DCコンバータには、LDO(低ドロップアウト)リニアレギュレータとスイッチングレギュレータという2つの主要カテゴリがあります。LDOはよりシンプルですが効率が低い傾向があり、バッテリ電圧のステップダウン(降圧)しかできません。しかし、LDOは入力電圧と出力電圧の差が小さくなるほど効率が高くなります(効率はVOUT/VINに比例します)。小型で低価格、そしてスイッチングレギュレータに特有の電圧のリップルやノイズがないことも、LDOの利点です。

スイッチングレギュレータは一般に効率が高く、バッテリ電圧を昇圧(ステップアップ)したり降圧したりできるタイプもあります。スイッチングレギュレータの欠点は、設計の複雑さ、電磁干渉(EMI)の可能性、コスト、プリント回路基板(PCB)フットプリントの増加です。

(「アプリケーションに適したレギュレータの選択」および「リニアレギュレータの利点と欠点の理解」を参照してください。)

医療用途向けの高効率の降圧型スイッチングレギュレータの一例が、Analog DevicesのMAX38640AENT+です。同製品は1.8~5.5ボルトの入力電圧で動作し、0.7~3.3ボルトの出力電圧を提供します。ピーク効率96%で、175、350、700mAの負荷電流に対応します。また、最小10マイクロアンペア(μA)の負荷電流で88%の効率を発揮します(図2)。このチップは、コンパクトな1.42 x 0.89ミリメートル(mm)の6ピンウェハーレベルパッケージ(WLP)と2 x 2ミリメートルの6ピンμDFNパッケージで供給されます。

Analog Devices MAX38640のグラフは、広い負荷電流範囲にわたって良好な効率を示しています。図2:MAX38640は、広い負荷電流範囲にわたって良好な効率を示し、医療システムのバッテリ寿命の延長に貢献します。(画像提供:Analog Devices)

バッテリ医療アプリケーションの例

5日間の稼働が求められる心電図(ECG)胸部パッチは良い応用例です。パッチは使い捨てで、電池は交換できません。Bluetooth Low Energy(LE)接続機能を備え、ECGデータをワイヤレスで送信します。

このパッチは、MAX30001 ECGアナログフロントエンド(AFE)とMAX32655マイクロコントローラユニット(MCU)を使用しています。また、MAX30208温度センサとADXL367B加速度計も搭載しています。

この応用は使い捨てパッチであるため、バッテリは安価で、完全に密閉され、小型かつ軽量でなければなりません。このような要件があるため、コイン電池フォームファクタは良い選択です。

エンドシステムのBluetooth LE通信とMAX32655 MCUのさまざまな動作モードは大電流を必要とするため、その観点からはLMOとAg2Oは相性が良いと言えます。LMOの公称出力電圧は3.0ボルトで、比エネルギーはAg2Oの2倍です。LMOは、最大容量235ミリアンペア時間(mAh)で、使い勝手の良いCR2032コイン電池フォームファクタで供給することができます。Ag2Oの公称出力電圧は1.55ボルトで、利用可能な最大のコイン電池フォームファクタは、容量200mAhのSR44Wバッテリです。

ECG胸部パッチの負荷プロファイルは1日あたり約45mAhと推定され、45mAh × 5日で225mAhです。これはちょうど235mAhのLMO電池の容量内ですが、200mAhのAg2O電池の容量を超えています。したがって、LMOバッテリはこのような医療用アプリケーションに最適です。

電圧安定化回路の設計

電圧安定化のため、設計者はLMOバッテリの3ボルトの公称出力を3つのMAX38640降圧スイッチングレギュレータの入力として使用することができます。

これらのレギュレータのうち2つは、MAX30001のアナログ入力とデジタル入力を供給できます。どちらも1.1~2ボルトの電源を必要とし、レギュレータの容量内に収まる電流を要求します。

もう1つのMAX38640レギュレータは、MCU、温度センサ、加速度計に電力を供給します。MCUは2ボルト、温度センサは1.7ボルト、加速度計は1.1ボルトの最小電圧入力を必要とします。3つのデバイスの消費電流は、いずれもレギュレータの容量内に収まっています。図3は、バッテリ寿命を5日間に延長した電源設計の概略図です。

MCU、温度センサ、加速度計を備えたECGパッチの電源設計図図3:MCU、温度センサ、加速度計を搭載したECGパッチの電源設計で、3つの効率的な降圧スイッチングレギュレータによりバッテリ寿命を5日に延長。(画像提供:Analog Devices)

まとめ

医療機器用バッテリの選択には複数の要素が影響します。バッテリ寿命を最大化し、高感度ICにノイズのない安定した電圧供給を行うには、バッテリ出力をLDOレギュレータかスイッチングコンバータで安定化させる必要があります。レギュレータ部品は各カテゴリで多くの製品が市販されており、主に効率、コスト、設計の複雑さのバランスをとって選択することになります。

DigiKey logo

免責条項:このウェブサイト上で、さまざまな著者および/またはフォーラム参加者によって表明された意見、信念や視点は、DigiKeyの意見、信念および視点またはDigiKeyの公式な方針を必ずしも反映するものではありません。

著者について

Image of Steven Keeping

Steven Keeping(スティーブン・キーピング)

スティーブン・キーピング氏はDigiKeyウェブサイトの執筆協力者です。同氏は、英国ボーンマス大学で応用物理学の高等二級技術検定合格証を、ブライトン大学で工学士(優等学位)を取得した後、Eurotherm社とBOC社でエレクトロニクスの製造技術者として7年間のキャリアを積みました。この20年間、同氏はテクノロジー関連のジャーナリスト、編集者、出版者として活躍してきました。2001年にシドニーに移住したのは、1年中ロードバイクやマウンテンバイクを楽しめるようにするためと、『Australian Electronics Engineering』誌の編集者として働くためです。2006年にフリーランスのジャーナリストとなりました。専門分野はRF、LED、電源管理などです。

出版者について

DigiKeyの北米担当編集者