自動車向け統合ネットワークアーキテクチャ用に10Base-T1Sインターフェースを実装する方法

さまざまな通信ネットワークやそれらの冗長性およびそれらの間のデータ変換に対処せずに、現代の自動車を設計することは非常に困難です。ところが、もっと良い方法があるかもしれないことが判明しました。10Base-T1Sは、2020年に発行されたIEEE 802.3cg 2019規格の一部として策定された車載用Ethernetネットワーク規格です。10Base-T1Sは、低速データ通信の分野における車載アプリケーションのEthernetカバレッジのギャップを埋める10Mbit/s(メガビット/秒)インターフェースです。そのようなギャップを埋めることで、自動車全体で同じソフトウェアスタックおよび通信機構を使用できるようになり、設計・実装・システムメンテナンスを大幅に簡素化することができます。その仕組みと利用開始方法について見ていきましょう。

10Base-T1Sは、非シールドツイストペア1本で動作し、自動車業界では「Ethernet to the Edge」技術として分類されています。100Base-T1Sは、シングルペアEthernet(SPE)と呼ばれる1000Base-T1や、100Base-T1など、既存の車載用高速Ethernetバスを補完するものです(図1)。

図1:10Base-T1Sは、完全に統合された車載用Ethernetネットワークの低データレートのセグメントを満たします。(画像提供:Microchip Technology)

このリンクは半二重バスとして動作し、最大長は25m(メートル)です。2~8ノードのマルチドロップ接続をサポートしています。規格名における「S」は短距離実装を意味します。10Base-T1Sは、CAN、CAN FD、LIN、RS-485など、「通信の孤島」を形成しがちな既存のバスに取って代わることを目的としています。

関連する規格である10Base-T1Lは、産業用途を想定した長距離実装です。

10Base-T1Sの仕組み

10Base-T1Sでは、差動マンチェスター符号化(DME)を採用しています。DMEは、クロックサイクル内の遷移の有無を利用してデータを符号化することで、信号の論理状態を示します。クロックサイクル中に遷移がない場合、データ状態は論理値の0で示されます。クロックサイクルの途中で(正または負の)遷移があった場合、データ状態は論理値の1で示されます(図2)。

図2:10Base-T1S差動マンチェスター符号化データストリームの例。オレンジ色の縦線はクロック間隔を示します。クロック間隔中に遷移がある場合は1で示され、クロック間隔中に遷移がない場合は0で示されます。(画像提供:Art Pini)

論理値1のデータは、クロック間隔の最中においてのみ、直前の状態との比較でHighまたはLowになるので、遷移のリセットは必要ありません。クロックインターバルごとに1データビットが発生するため、ノイズの多い自動車環境でのクロック回復が容易になります。

マルチドロップ環境では、複数のデバイスがバスに接続されています。10Base-T1Sは、物理層(PHY)の衝突回避(PLCA)により、複数の機器が同時に通話しようとした場合にデータ衝突を回避してデッドタイムを最小限に抑えます。PLCAは、バス上の送信機会を調整するための送信サイクルを設定します。PCLAでは、各ノードのPHYに一意のPHY IDが割り当てられます。その送信機会を保持しているPHYのみが送信を許可されます。

送信機会は、PHY ID=0(マスターに割り当てられる)から始まって、ラウンドロビンアルゴリズムで割り当てられます。マスターノードが、ビーコン(B)と呼ばれる同期パターンを送信してPLCAサイクルの開始を知らせると、新しいサイクルが開始されます。他のノードは、送信機会が自身のノードIDと一致したときにのみ、送信を開始することができます(図3)。

図3:ビーコン同期パターン(B)から始まるPLCAサイクルの例。一番左のサイクルが、バスのサイクル時間が最小になります。次のサイクルでは、可能な送信バリエーションがいくつもあります。(画像提供:Art Pini)

どのノードも、タイムスロットを未使用(図では「N」で示されている)のままにすることで、送信機会をスキップすることもできます。ノードは、割り当てられたスロット中に、自身のデータを送信することができます。ノードは、自身のタイムスロットを長くすることもできます(水色のスロット2)。送信を行うこのノードがタイムスロットを延長する方法は、メディアアクセス制御(MAC)の遅延を補償するために、自身のタイムスロットに「コミット」を挿入することです(黄色のタイムスロット3)。ノードは、高い優先度を持つメッセージ(緑のPHY ID 0で示す)を「バーストモード」にすることができます。

PLCAは、データパケットの衝突を防ぎ、データレートを最高速にするように巧みに構成されています。

10Base-T1Sの主な利点は、既存のEthernetサポート基盤の上に構築できるので、車載ネットワークをシンプル化できることです。PHYの構成とケーブルの配線を変えるだけで、ゲートウェイを使わずに100Base-T1や1000Base-T1と同じソフトウェアスタックを使用できます。

10Base-T1Sの利用を開始

Microchip Technologyは、既にLAN8670B1-E/LMXLAB8671B1-U38LAN8672B1-E/LNXという3つの10Base-T1Sトランシーバを提供しています。これらのトランシーバは、物理的なパッケージと電子制御ユニット(ECU)インターフェースが異なる以外は、10Base-T1Sのすべての特長を備えています。LAN8670は、32VQFNパッケージを採用しており、Media Independent Interface(MII)とReduced Media Independent Interface(RMII)ECUインターフェースの両方をサポートします。LAN8671は、24-VQFNパッケージに収容されており、RMIIインターフェースをサポートしています。LAN8672は、36-VQFNパッケージに格納されており、MIIインターフェースをサポートします。3つのトランシーバは、いずれも3.3V電源により車載用拡張温度範囲(-40℃~+125℃)で動作します。

これらのトランシーバが持つ機能は、以下の通りです。Microchipは、LAN8670を使用した2つの評価ボードを提供しています。1つ目は、USBインターフェースを搭載したEthernet PHYインターフェース評価ボードEV08L38Aであり、コンピュータをUSB2.0経由で10Base-T1S Ethernetネットワークに接続することが可能です。2つ目はEV06P90Aであり、RMIIインターフェースを使ってMicrochipのECUと接続することができます。

まとめ

自動車に搭載されている多くの通信ネットワークにはそれぞれの役割がありますが、全体的な実装の複雑性とコストの観点からネットワークの種類を制限することは一般的に良い方法とされています。Ethernetは既に自動車に搭載されているため、その利用範囲を可能な限り拡張することは理に適っています。この拡張を可能にする車載用Ethernetインターフェースが10Base-T1Sです。そうすることで、10Base-T1Sは、Ethernetネットワーク全体のレガシーゲートウェイをなくし、複数のPHYを共通のバスに接続することで、ケーブル配線やスイッチポートを削減してコスト削減を実現するのです。

著者について

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Arthur(Art)PiniはDigiKeyの寄稿者です。ニューヨーク市立大学の電気工学学士号、ニューヨーク市立総合大学の電気工学修士号を取得しています。エレクトロニクス分野で50年以上の経験を持ち、Teledyne LeCroy、Summation、Wavetek、およびNicolet Scientificで重要なエンジニアリングとマーケティングの役割を担当してきました。オシロスコープ、スペクトラムアナライザ、任意波形発生器、デジタイザや、パワーメータなどの測定技術興味があり、豊富な経験を持っています。

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