スイッチング電源設計の芸術と技術を学ぶ

1975年に電気技術者になったばかりの私が、初めて手がけた設計プロジェクトは、デスクトップコンピュータHP 9825A用のI/Oエキスパンダ、HP 9878Aでした。私にはプロジェクトのあらゆる電子的要素を設計する責任が与えられ、プロジェクトの機械設計を担当するHPの技術者ジェリー・ニコルズ氏と力を合わせてこの仕事を行いました。

I/Oエキスパンダは、概念的には現在のUSBハブによく似ていました。つまり、コンピュータの単一I/Oポートを複数のポートに「エキスパンド」(拡張)するわけです。I/OエキスパンダHP 9878Aでは、単一のI/Oスロットを7つのスロットに変換することが求められました。I/Oカードはすべて、スパイスに由来するコードネーム(パセリ、セージ、ローズマリー)を持っていたため、このI/Oエキスパンダプロジェクトのコードネームはすぐに「スパイスラック(スパイス収納棚)」に決まりました。スパイスラックは1976年に発売されました(図1)。

図1:当時はスイッチングレギュレータの設計が実用化されていなかったため、I/OエキスパンダHP 9878A(1976年頃)は、5、12、-12ボルト電源用にリニアパワーレギュレーションを使用していました。(写真提供:スティーブ・レイブソン)

この設計作業の一部として、エキスパンダの7個のスロットに接続されたI/Oカードに電源を供給しなければなりませんでした。各カードは、I/Oスロットの安定化5ボルトレールから最大500ミリアンペア(mA)を消費し、12ボルトおよび-12ボルトの調整レールから100mAを消費しました。したがって、I/Oエキスパンダの電源は、5ボルトで3.5アンペアを供給する必要がありました(I/Oエキスパンダの内部回路に別途5ボルトの電流も供給する必要あり)が、12ボルトおよび-12ボルトの調整電源に対しては700mAしか供給する必要がありませんでした。

HP 9878Aの12ボルト電源要件は、当時としては新しかったµA7812およびµA7912 3端子レギュレータを使用することにより簡単に満たされました。ただし、約4アンペアの供給が必要な5ボルト調整電源については、簡単な選択肢はありませんでした。短期間の調査後、私は10ピンTO-5パッケージのµA723可変レギュレータICを選定しました。これは、巨大なTO-3パッケージに収納されており、外付けの2N3055 NPNパワートランジスタといくつかの付加的なサポート部品が必要でした。

余談:伝説的な設計者ボブ・ワイドラー氏が1967年に設計したµA723可変レギュレータICは、非常に高い耐久性を持つことが実証されています。ワイドラー氏が設計した他のアナログICの多くと同様に、µA723レギュレータは現在でも広く使用されています。半世紀前に誕生したICにしては立派です。

3端子レギュレータと2N3055パワートランジスタは、HP 9878Aのアルミキャスト製シャーシにしっかり取り付けられたアルミパネルにボルト締めされることで、ヒートシンクが図られました。一方、基板実装のµA723可変レギュレータには小さなクリップオンヒートシンクが搭載されました。この設計で熱放散が問題になることは決してありませんでした。

3端子レギュレータµA7812とµA7912は、45年近く経った今でも適切な選択肢になりえます。しかし、µA723可変レギュレータおよび外付け2N3055 NPNパストランジスタを私が選ぶことはもはやありません。過剰な廃熱を最小限に抑えるため、HP 9878Aの電源設計には特注の巻電源トランスが必要でした。このため、未調整のDC電源レールが調整された5ボルトレールよりもわずかに高くなりました。ただし、当時のHPには独自のトランス工場があり、特注トランスの調達は大した問題ではありませんでした。今は話が違います。今の私が設計するとしたら、この目的にリニア電源を使用することはないでしょう。

1975年当時、スイッチング電源の設計はまだ始まったばかりでした。事実、それは技術というより芸術であり、スイッチング電源の設計に役立つICはほとんどありませんでした。実のところ、まったく存在しなかったのです。現在は技術が一層進歩し、多くのスイッチング電源レギュレータがICという形で入手可能になっています。それでも、信頼性の高い優れたスイッチング電源設計が非常に芸術的であることに変わりはない、と私は考えています。どんな芸術においても、芸術家はまずルールを学ぶ必要があります。そうして初めて、ルールからあえて逸脱することができます。またルールからの逸脱は、そうすることにメリットがある場合にのみ限られます。

スイッチング電源設計の芸術と技術を学ぶのに役立つリソースはたくさんあります。最高のリソースの例としては、Texas Instruments(TI)がPower Management Lab Kit(PMLK)シリーズ用に開発した評価キットや関連コースワークがあります。このシリーズには、次の内容が含まれます。

この3つの製品には、それぞれ評価用ボードと教本が含まれており、それぞれに降圧/昇圧スイッチング電源設計および低ドロップアウトレギュレータ(LDO)について解説しています。安定化スイッチング電源から複数の低電流の安定化電源電圧を得るために、スイッチング電源設計でもLDOが必要になる場合があります。

TIが提供するこれらの教本には、評価ボードに基づく実験が含まれています。この3冊のPMLKワークブック内の実験をすべて終了すると、電源技術について多くの知識が身に付いているでしょう。45年前に、こんなリソースを利用できたらどんなによかっただろうかと思います。

著者について

Image of Steve Leibson Steve Leibson氏は、HPとCadnetixでシステムエンジニアを務め、EDNとMicroprocessor Reportで編集長として活躍し、XilinxとCadenceなどの企業では技術ブロガーを担当しました。また、同氏は、「The Next Wave with Leonard Nimoy」の2つのエピソードで技術専門家を務めました。同氏は、33年間にわたって、高速でかつ信頼性の高い優れたシステムを設計技術者が開発することを支援しています。
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