高度なアナログフロントエンドとセキュリティ技術でポイントオブケア医療にAIを導入

著者 Bill Schweber氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

人工知能(AI)は患者の検査や試験データからすばやく新たな知見を引き出すことで、診断精度および予測精度の向上、さらには傾向分析の強化に繋げています。次のステップは、AIを活用した医療検査とサンプル分析を、検査室から医師の診察室、診療所、あるいは家庭へと移行させることです。このポイントオブケア(PoC)アプローチにより、医療状況の迅速な評価が可能となり、患者の負担が軽減され、より頻繁な検査を通じて詳細なデータが得られ、懸念される傾向をより早期に特定できます。

AI主導のPoCを実現するには、必要なデータ取得測定のためにバイオセンサと接続する高度なアナログフロントエンド(AFE)を備えた、汎用性が高くアプリケーションに最適化されたICが必要です。これらのICは、高度な電気化学的測定、生物学的測定、および関連測定の固有の特性を満たす必要があり、具体的には精度、低消費電力、高度に集積化された機能などが挙げられます。また、データのプライバシーを確保するために、高度なセキュリティ技術によるサポートも必要です。

この記事では、PoCへの移行とその設計上の影響について説明します。次に、広く使用されているAFE測定について説明し、PoC測定とセキュリティ要件を満たすためのAnalog Devicesのソリューション例を紹介します。

PoCを今導入すべき理由

PoC検査と検体処理の推進する要因には、個人の健康見通しを改善するためのより高度な医療診断の需要、および高齢化、病気、疾患に関する集団ベースの知見を開発する必要性が含まれます。規制上の義務化により、より多くの検査が奨励され、さらには要求されるようになっており、これらは検査時間と待機時間を短縮し、より低コストで実施されなければなりません。また、患者の負担と出費を最小限に抑えるため、診療所や家庭などでのローカルなPoCへの傾向も見られ、シンプルでありながら強力な計測器が求められています。

同時に、AIは急速に進化しており、このデータをより詳細に分析し、予測に活用することも可能になっています。

これらの複合的な要因が相まって、医療検査データの取得と管理という特有のニーズに最適化された、高度なICベースの回路に対する需要と機会が生まれています。このようなICは、患者の体液と、さまざまなセンサから結果データを取り込み、記録、評価、報告するために必要なシステムとの間のフロントラインインターフェイスです(図1)。

患者のバイタルサインおよび体液と、関連するPoC計測器との重要なインターフェースの図(クリックして拡大)。図1:アナログおよび関連エレクトロニクスは、患者のバイタルサインや体液と、関連するPoC機器およびデータシステムとの間の重要なインターフェースを提供します。(画像提供:Analog Devices)

多様なアプリケーションに特化したICが課題に対応

この状況を明確に示す事例をいくつかご紹介します。

例1:パルスオキシメトリおよび心拍数モニタ

血中酸素飽和度(SpO2)と心拍数は、基本的で重要な健康測定の1つです。最初のパラメータは、光学技術とエレクトロニクスがPoCの期待をいかに劇的に変えたかを示す最も顕著な例です。従来、SpO2を測定する唯一の方法は、看護師が血液サンプルを採取し、検査のために検査室に送ることでした。

現在では、数十年前に完成した電気光学技術を用いて、指先のLED、光センサ、およびアルゴリズムにより、数秒で迅速な自己測定(DIY)による測定値を得ることができます。さらに、同じLEDと光センサの配置により、心拍数の情報も得られます。

LEDと光センサを組み合わせたシステムの進歩により、さらなる性能と機能を実現します。MAX86171(図2、上)のようなICは、送信チャネルと受信チャネルの両方を備えた超低消費電力の光データ収集システムであり、その機能性と仕様に基づき、これらの用途に特化して設計されています。内部の複雑さにもかかわらず、実際のアプリケーションではごく少数のディスクリート部品のみで構成されます(図2、下)。

Analog DevicesのMAX86171マルチチャンネル超低消費電力光データ収集システムの図(クリックして拡大)図2:MAX86171マルチチャネル、超低消費電力、光データ収集システム(上)は、高度な内部統合により、外部配線と受動サポート部品を削減します(下)。(画像提供:Analog Devices)

トランスミッタ側では、MAX86171は3つの高電流8ビットLEDドライバに接続された9つのプログラム可能なLEDドライバ出力ピンを備えています。レシーバ側では、MAX86171は2つの低ノイズ電荷積分フロントエンドを備え、それぞれが個別の環境光除去(ALC)回路を内蔵し、最高性能の集積型光データ収集システムを実現しています。

SpO2および心拍数のデータに加え、心拍変動、体水分率、筋および組織酸素飽和度(SmO2およびStO2)、最大酸素摂取量(VO2 max)の評価が可能です。

なお、医療用途における性能指数および優先順位は、非医療用途とは異なる点にご留意ください。光レベルは通常比較的低いため、SNR(信号対雑音比)よりも、光フロントエンドの絶対的なノイズフロアが重要なパラメータとなります。

帯域幅とサンプリングレートは非常に低いものの、生物学的な環境では対象となるパラメータが数キロヘルツで変動することはありません。患者と信号の複雑なアナログ的性質により、仕様における優先順位は異なるものとなります。これには、高感度、ワイドダイナミックレンジ、低ノイズが含まれます。患者の皮膚や内臓が絶えず変化し、接触面積や圧力がわずかに変化する、変動的で固定されていない周囲環境において性能を発揮するためには、この特性が必要です。さらに、さまざまな種類の干渉「ノイズ」や変動が存在する場合にも同様であり、問題はさらに複雑になります。

アプリケーションの要件を満たすため、MAX86171は、検査構成に応じて91~110デシベル(dB)のダイナミックレンジ、19.5ビットの分解能、50ピコアンペア(pA)(RMS)未満の暗電流ノイズ、120ヘルツ(Hz)で70dBを上回る環境光除去指数を備えています。

例2:ポテンショメトリ、アンペロメトリ、ボルタンメトリ、インピーダンス測定

電気技術者は、電圧、電流、インピーダンスおよびそれらの関係を測定するにあたり、多様な標準計測器から選んで測定することで、十分に慣れ親しんでいます。しかしながら、化学的および生物学的環境下では、これらの測定には特有の要件と制約が存在し、以下のような異なるシナリオが生じます。

  • ポテンショメトリ:ポテンショスタットを使用して2つの電極間の電位差を測定し、溶液中の物質濃度を測定する手法
  • アンペロメトリ:電流測定の配置を用いて、電流または電流の変化に基づいて溶液中のイオンを検出する手法
  • ボルタンメトリ:作用電極に印加する電圧を時間とともに変化させ、システムが生成する電流を測定(通常はポテンショスタットを介して)
  • インピーダンス:皮膚および身体の電圧と電流の関係を測定

これらのパラメータを評価するため、AD5940は 3.6 × 4.2ミリメートル(mm)の 56 ボール WLCSP に幅広い機能とインターフェースオプションを提供します(図 3)。この低消費電力のAFEは、アンペロメトリック、ボルタンメトリック、インピーダンス測定などの高精度電気化学技術を必要とするポータブルアプリケーション向けに設計されています。

Analog Devicesの洗練された機能が組み込まれたAD5940 AFEの構成図。図3:AD5940 AFEは、高精度で低消費電力のアンペロメトリ、ボルタンメトリ、またはインピーダンス測定に必要な高度な機能を内蔵しています。(画像提供:Analog Devices)

AD5940は2つの励起ループと1つの共通測定チャンネルを備えています。最初のループは、デュアル出力ストリング、D/Aコンバータ(DAC)、および低ノイズポテンショスタットで構成され、0Hzから200Hzの信号を生成できます。

DACの1つの出力はポテンショスタットの非反転入力を制御し、もう1つの出力はトランスインピーダンスアンプ(TIA)の非反転入力を制御します。2番目のループは、最大200kHzまでの励起信号を生成可能な12ビットDACで構成されています。

入力側には、入力バッファ、アンチエイリアスフィルタ、プログラム可能ゲインアンプ(PGA)を備えた16ビット、800キロサンプル/秒(kS/s)のA/Dコンバータ(ADC)があります。マルチプレクサは、外部電流および電圧入力用の入力チャンネルと、電源電圧、ダイ温度、基準電圧用の内部チャンネルを選択します。

電流入力には、異なるセンサタイプの測定用に、プログラム可能ゲインアンプおよび負荷抵抗を備えた2つのTIAが含まれます。最初のTIAは低帯域幅信号を測定し、2番目のTIAは200kHzまでの高帯域幅信号を測定します。

このレベルの集積性と汎用性を備えたICを利用するユーザーは、IC本体を超えた評価キットの恩恵を受けられます。AD5940向けには、EVAL-AD5940BIOZ心電図(ECG/EKG)センサArduinoプラットフォーム評価拡張ボードが、使い慣れた開発環境を提供します(図 4)。

Analog DevicesのEVAL-AD5940BIOZ ECG/EKGセンサ Arduinoプラットフォーム評価拡張ボードの画像図4:EVAL-AD5940BIOZ心電図(ECG/EKG)センサArduinoプラットフォーム評価拡張ボードは、AD5490が設計された繊細な低レベルの測定を実施する際の、使用と評価の課題を簡素化します。(画像提供:Analog Devices)

各AD5940評価ボードは、特定のエンドアプリケーションにおける測定目的を対象としています。Arduino対応のボードは、SPI周辺モジュールを介してAD5940を設定し、通信を行います。初期評価用にグラフ表示とデータキャプチャ機能を備えた測定用グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)ツールが用意されています。組み込み用C言語で記述された多くのサンプルプロジェクトには、プログラミング環境の設定やサンプルの実行方法についての説明が含まれています。

例3:データのセキュリティと認証

さまざまな安全対策が施されていない記憶場所に保存され、近距離無線通信(NFC)接続を使用して送信されるデータは、データの真正性、ハッキング防止、ならびにサンプルやカートリッジの再利用、誤用、偽造のリスクに関する深刻な問題を引き起こします。

これらの懸念事項に対処するため、MAX66250セキュア認証用IC(図5、上)は、堅牢な保護対策を提供し、暗号化によってすべての保存データを露見から保護します。不正アクセスのリスクが高いNFC対応組み込みシステム(図5、下)との互換性を備えています。

Analog DevicesのMAX66250認証用ICの画像(クリックして拡大)図5:MAX66250セキュア認証用IC(上)は、高度なデータセキュリティと認証サポートを複数レベルで提供し、無線データ転送用のNFCインターフェース(下)も内蔵しています。(画像提供:Analog Devices)

セキュア認証用ICは、FIPS202準拠のセキュアハッシュアルゴリズム(SHA-3)チャレンジ & レスポンス認証とセキュアEEPROMを組み合わせています。このデバイスは、SHA-3エンジン、ユーザーデータ用の256ビットのセキュアEEPROM、デクリメント専用カウンタ、固有の64ビットROM識別ID番号(ROM ID)などの内蔵ブロックによる暗号ツールのコア一式を提供します。固有のROM IDは、暗号操作の基本的入力パラメータとして使用され、アプリケーション内で電子シリアル番号として機能します。このデバイスは、ISO/IEC 15693に準拠したRFインターフェース上で通信します。

例4:モーション/モータ制御

多くのPoCデバイスやステーションでは、検査ストリップや試験管をステーション間で搬送したり、試薬を混合、移送したり、正確な量の液体を添加、放出したり、ピペット操作を行ったりするために、慎重に制御された動作が必要となります。このようなアプリケーションでは、高分解能で振動のない動作を実現し、迅速、精密、信頼性が高く、静粛性、再現性、エネルギー効率に優れた動作を提供するために、精密なマイクロステッピングと滑らかな停止、始動、ランプ生成が頻繁に要求されます。

シリアル通信インタフェースを備えたTrinamicTMC5072-LA-Tシングル/デュアルチャンネルステッピングモータコントローラドライバIC(図6、上)は、これらのアプリケーションに適しています。並列動作用に配線した場合、モータ1台あたり1.1A/1.5Aピーク、1台のモータで2.2A/3Aピークのコイル電流駆動能力を提供します。

基本的な動作については、オンボードのTMC5072を搭載した付属のTMC5072-BOB評価キット(図6、下)を使用します。これはシングルワイヤユニバーサル非同期レシーバ/トランスミッタ(UART)を使用してArduino Megaに接続します。グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)による、パラメータ設定、リアルタイムのデータ可視化、スタンドアロンアプリケーションの開発およびデバッグを容易にするためのツールを提供します。

Analog DevicesのTMC5072-LA-Tシングル/デュアルチャンネルICとTMC5072-BOB評価キットの画像(クリックして拡大)図6:TMC5072-LA-Tシングル/デュアルチャンネルステッピングモータコントローラドライバIC(上)は、高精度な性能と滑らかな動作を提供し、TMC5072-BOB評価キット(下)によってサポートされています。(画像提供:Analog Devices)

TMC5072は、自動ターゲット位置決めのための柔軟なランプジェネレータを組み合わせており、ノイズのない動作、最大の効率、および高いモータトルクを提供します。この7mm×7mmのICは、その他にも高度な機能を備えています。

  • StealthChop2による極めて静かな動作と滑らかな動作
  • SpreadCycleによる高ダイナミックなモータ制御チョッパー
  • DCStepによる負荷依存の速度制御
  • StallGuard2による高精度センサレスモータ負荷検出
  • CoolStep電流制御による最大75%のエネルギー節約

まとめ

技術の進歩の組み合わせにより、地域密着型医療のPoCにAIの恩恵をもたらす可能性があります。そのためには、高度なAFEやデータセキュリティブロックなど、アプリケーションに特化した統合型ICが必要です。Analog Devicesは、これらのアプリケーションに最適化された、技術的、医療的、規制上の要件を満たす高性能、低消費電力のデバイスを数多く提供しています。

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著者について

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Bill Schweber氏

エレクトロニクスエンジニアであるBill Schweber氏はこれまで電子通信システムに関する3冊の書籍を執筆しており、また、発表した技術記事、コラム、製品機能説明の数は数百におよびます。これまで、EE Timesでは複数のトピック固有のサイトを統括するテクニカルウェブサイトマネージャとして、またEDNではエグゼクティブエディターおよびアナログエディターの業務を経験してきました。

Analog Devices, Inc.(アナログおよびミックスドシグナルICの大手ベンダー)ではマーケティングコミュニケーション(広報)を担当し、その職務を通じて、企業の製品、ストーリー、メッセージをメディアに発信する役割と、自らもそれらを受け取るという技術PR業務の両面を経験することになりました。

広報の業務に携わる以前は、高い評価を得ている同社の技術ジャーナルの編集委員を務め、また、製品マーケティングおよびアプリケーションエンジニアチームの一員でした。それ以前は、Instron Corp.において材料試験装置の制御に関するハンズオンのアナログおよび電源回路設計およびシステム統合に従事していました。

同氏はMSEE(マサチューセッツ大学)およびBSEE(コロンビア大学)を取得した登録高級技術者であり、アマチュア無線の上級クラスライセンスを持っています。同氏はまた、MOSFETの基礎、ADC選定およびLED駆動などのさまざまな技術トピックのオンラインコースを主宰しており、またそれらについての書籍を計画および執筆しています。

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