生体測定、バイオフィードバック、状況認識を没入型環境に素早く適用する方法

著者 Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

メタバースにおいて没入感のあるバーチャルリアリティ(VR)、複合現実(MR)、拡張現実(AR)、クロスリアリティ(XR)の環境を構築することは、複雑な作業です。設計者はこのような環境を構築するにあたり、ユーザーの反応や体調を把握するための生体測定、ユーザーに関与するためのバイオフィードバック、周囲の状況を把握するための状況分析などを活用できます。生体測定は、高感度パルスオキシメータと心拍センサを使用して実施できます。バイオフィードバックは、オーディオコンテンツ、またはタッチベースの操作で用いるハプティクスを使用して提供できます。最後に、状況認識は、30フレーム毎秒(fps)で記録可能な垂直共振器型面発光レーザー(VCSEL)搭載の3次元(3D)飛行時間(ToF)センサを使用し、環境を継続的にマッピングすることで実現できます。

メタバースは、急速に進化するビジネスチャンスです。設計者は、市場投入までの時間や開発コストの制限を受けながらも、ディスクリートソリューションをベースにして、必要とされる多数の低消費電力センシング技術やフィードバック技術を迅速に開発および統合することを迫られる場合があります。そのうえ、メタバースデバイスの多くはバッテリ駆動であるため、低消費電力ソリューションは不可欠です。

設計者はこれらの課題に対処するために、高感度パルスオキシメータと心拍数センシングに対応し、高効率のD級オーディオとハプティクスによるフィードバックを提供し、周囲光が強い条件下でも物体の位置とサイズを高レベルの粒度で検出できるVCSELベースの3D ToFセンシングソリューションを活用した統合ソリューションを利用できます。

この記事では、パルスオキシメータと心拍センサの動作を確認し、D級アンプが高品質かつ超低消費電力のオーディオフィードバックを提供する仕組みを解説します。そして、Analog Devicesが提供する生体測定、バイオフィードバック、状況認識用の電力効率に優れたICの数々と、関連する評価ボードを紹介します。

生体情報の取得

光電式容積脈波記録法(PPG)は、微小血管レベルでの血液量の変化を測定する方法であり、パルスオキシメータや心拍モニタを実装する際によく活用されます。PPGは、レーザーで皮膚を照射し、特定の波長における光の吸収(または反射)の変化を測定します。取得されたPPG信号には、直流(DC)成分と交流(AC)成分が含まれています。DC信号は、皮膚、筋肉、骨、静脈血といった一定の反射を伴うものによって生じます。AC信号は、主に心臓による動脈血の拍動によって生じます。収縮期(送り出し時)には、拡張期(弛緩時)よりも多くの光を反射します(図1)。

パルスオキシメトリのPPG信号の画像図1:パルスオキシメトリのPPG信号には、組織構造などの要素に関連するDC成分と、動脈血流などの要素に関連するAC成分が含まれています。(画像提供:Analog Devices)

PPG信号における拍動性(AC信号)の血流量と非拍動性(DC信号)の血流量の比を、灌流指数(PI)と言います。波長の異なるPIを使用することで、血中酸素飽和度(SpO2)を推測できます。PPGシステムを設計する際にPI比を最大化すると、SpO2の推測値の精度が向上します。このPI比は、機械設計の改善やセンサの高精度化によって高めることが可能です。

PPGシステムには、透過型と反射型のアーキテクチャを使用できます(図2)。透過型システムは、耳たぶや指先など、光を通しやすい部位に使用されます。この構成では、PIを40~60デシベル(dB)向上させることが可能です。反射型PPGは、光検出器とLEDが並んで配置されており、手首や胸部などの部位に使用できます。反射型設計を採用するとPI比が低下するため、センサには高性能なアナログフロントエンド(AFE)を使用する必要があります。また、AFEが飽和しないように間隔を空けることも重要です。機械的/電気的な設計に加え、PI信号を適切に解釈するソフトウェアの開発も大きな課題となります。

簡易的なパルスオキシメータや心拍センサに使用可能なIR LEDの図図2:簡易的なパルスオキシメータや心拍センサには1個のIR LEDで対応できますが、複数のLEDを使用することで、より高品質の出力信号を生成できます。(画像提供:Analog Devices)

PPGシステムを設計する際のもう一つの課題として、測定中のユーザーの動きを考慮する必要があります。体動が生じると、圧力がかかって動脈と静脈の幅が変化します。これが光との相互作用に影響を及ぼし、PI信号に変化をもたらします。PPG信号と標準的なモーションアーティファクトは、どちらも似たような周波数帯にあるため、体動の影響を単純にフィルタリングすることはできません。その代わり、加速度センサで体動を計測することにより、モーションアーティファクトを無効にできます。

SpO2と心拍数の監視

SpO2と心拍数の監視が必要な設計者のために、Analog DevicesはMAXREFDES220#リファレンス設計を提供しています。これには、以下のような、ソリューションを迅速に試作するために必要な多数の機能が含まれています。

  • MAX30101:統合型のパルスオキシメトリおよび心拍数モニタモジュールです。内部LED、光検出器、光学素子、高性能AFEおよび、周囲光除去機能を備えた低ノイズエレクトロニクスを内蔵しています。
  • MAX32664:MAX30101と組み合わせて使用するために設計された生体センサハブです。SpO2や心拍数の監視を実現するアルゴリズムを備え、ホストマイクロコントローラユニット(MCU)との通信用にI2Cインターフェースを搭載しています。このアルゴリズムは、動き補正用の加速度センサの統合にも対応します。
  • ADXL362:3軸加速度センサであり、消費電流は100Hzの出力データレートで2µA未満、モーショントリガのウェイクアップモードで270nAです。

D級によるオーディオフィードバック

オーディオフィードバックは、ユーザーに印象的な操作方法を提供できるチャンスとなります。一方で、音質が悪いとユーザーエクスペリエンスの質を低下させることもあります。標準的なウェアラブル環境やVR/MR/AR/XR環境で使用されるマイクロスピーカは、効果的かつ効率的に使用することが困難な場合があります。その対策の1つは、ブーストコンバータや電圧スケーリングを備えた高効率の昇圧型D級スマートアンプを使用することです。これにより、低い出力電力でも優れた効率を可能にします。内蔵されたスマートアンプ機能は、音圧レベル(SPL)と低音域のレスポンスを高め、より豊かで臨場感のあるオーディオを実現します。

スマートアンプの設計プロセスは複雑ですが、デジタルシグナルプロセッサ(DSP)が内蔵されたアンプを利用できます。それにより、スマートアンプを自動的に実装し、出力電力を制御してスピーカの損傷を防ぐ電流/電圧(IV)検出などによってスピーカ性能を向上させることが可能になります。スマートアンプを使用することで、マイクロスピーカはより高いSPLと優れた低音域のレスポンスを安全に提供できます。また、SPLを6~8dB向上させ、低音域のレスポンスを共振周波数の1/4まで拡張する統合ソリューションを利用できます(図3)。

DG級設計によるスマートアンプの図図3:DG級設計のスマートアンプは、マイクロスピーカのより高いSPLレベルと拡張された低音域のレスポンスに対し、安全かつ効率的に対応します。(画像提供:Analog Devices)

D級アンプによるオーディオフィードバック

MAX98390CEWX+Tは、ブーストコンバータとAnalog DevicesのDSM(Dynamic Speaker Management)を内蔵した高効率D級スマートアンプです。高品質かつ高効率のオーディオフィードバックに対応し、豊かなサウンドを実現します。このアンプは電圧スケーリング機能を備えており、低い出力電力でも優れた効率を実現します。ブーストコンバータは最低2.65Vのバッテリ電圧で動作し、出力電圧は6.5~10Vの範囲で0.125V刻みにプログラム可能です。また、出力電圧を調整して効率を最大化するエンベロープトラッキングと、低静止電流を実現するバイパスモードを搭載しています。

この昇圧型アンプは、4Ωスピーカに対して最大6.2Wを、わずか10%の全高調波歪み+ノイズ(THD+N)で供給します。スピーカを破損から保護するIV検出機能を内蔵しており、より高いSPLと優れた低音域のレスポンスに対応します。

MAX98390Cの開発を加速させるため、Analog DevicesはMAX98390CEVSYS#評価キットを提供しています。このキットには、MAX98390C開発ボード、オーディオインターフェースボード、5V電源、マイクロスピーカ、USBケーブル、DSM Sound Studioソフトウェア、MAX98390評価ソフトウェアが含まれています(図4)。DSM Sound Studioソフトウェアは、DSMをシンプルな3ステップのプロセスで実装するためのグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を備えています。また、7分間のデモを提供しており、マイクロスピーカを使用してDSMソフトウェアの影響力について聞くことができます。

Analog DevicesのMAX98390CEVSYS#キットの画像図4:MAX98390CEVSYS#キットには、D級オーディオフィードバックシステムの開発に必要なハードウェアとソフトウェアがすべて含まれています。(画像提供:Analog Devices)

タクタイルフィードバックを実現するハプティクス

ユーザーに関与するためにタクタイルフィードバックに依存するシステムの設計者は、圧電アクチュエータ用のMAX77501EWV+高効率コントローラドライバを利用できます。このデバイスは、最大2µFの圧電素子を駆動するように最適化されており、2.8~5.5Vの電源電圧から最大110Vの振幅(Vpk-pk)のシングルエンドハプティクス波形を生成します。あらかじめ記録された波形によるメモリプレイバックモードで動作することも、MCUからストリーミングされたリアルタイム波形を使用することも可能です。リアルタイムストリーミング用の先入れ先出し(FIFO)バッファとして機能するオンボードメモリには、複数の波形を動的に割り当てることができます。故障の報告と監視を含む完全なシステムアクセスおよび制御は、内蔵されたシリアルペリフェラルインターフェース(SPI)によって対応します。また、シャットダウンから600µsの起動時間の後にプレイバックすることも可能です。高効率化とバッテリ寿命の最大化を実現するために、このコントローラドライバはスタンバイ電流75µA、シャットダウン電流1µAの超低消費電力ブーストアーキテクチャを採用しています。

MAX77501圧電ドライバの機能を調査するために、設計者は完全実装およびテスト済みのMAX77501EVKIT#評価キットを使用できます。このキットでは、MAX77501および、セラミック圧電アクチュエータを介して大きなハプティクス信号を駆動する機能を簡単に評価できます。また、MAX77501の全機能を調査できるWindowsベースのGUIソフトウェアが含まれています。

ToFによる状況認識

VR/MR/AR/XR環境では、状況認識が重要な要素になる可能性があります。AD-96TOF1-EBZ評価プラットフォームは、ToF深度認識機能を開発するためのVCSELレーザートランスミッタボードとAFEレシーバボードを搭載することで、この要素に対応します(図5)。この評価プラットフォームと96BoardsエコシステムまたはRaspberry Piファミリのプロセッサボードを組み合わせることで、高度な3D粒度を備えたアプリケーション固有のToFを実装するためのソフトウェアやアルゴリズムの開発に使用可能なベースライン設計を確立できます。このシステムは、周囲光が強い条件下でも物体を検出して距離を測定できるほか、複数の距離測定モードによって性能を最適化できます。また、付属のソフトウェア開発キット(SDK)はOpenCV、Python、MATLAB、Open3D、RoSのラッパーを提供しており、柔軟性に優れています。

Analog DevicesのAD-96TOF1-EBZ評価プラットフォームの画像図5:AD-96TOF1-EBZ評価プラットフォームを使用すると、高性能なToF状況認識システムを開発できます。(画像提供:Analog Devices)

まとめ

メタバースにおいて没入感のあるインタラクティブな環境を構築するのは、複雑で時間のかかる作業です。設計者はこのプロセスを加速するために、生体センシング、バイオフィードバック、状況認識システム用の開発プラットフォームや評価プラットフォームなど、Analog Devicesが提供する小型でエネルギー効率の高いさまざまなソリューションを利用できます。

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著者について

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Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

ジェフ氏は、パワーエレクトロニクス、電子部品、その他の技術トピックについて30年以上にわたり執筆活動を続けています。彼は当初、EETimes誌のシニアエディターとしてパワーエレクトロニクスについて執筆を始めました。その後、パワーエレクトロニクスの設計雑誌であるPowertechniquesを立ち上げ、その後、世界的なパワーエレクトロニクスの研究グループ兼出版社であるDarnell Groupを設立しました。Darnell Groupは、数々の活動のひとつとしてPowerPulse.netを立ち上げましたが、これはパワーエレクトロニクスを専門とするグローバルなエンジニアリングコミュニティで、毎日のニュースを提供しました。また彼は、教育出版社Prentice HallのReston部門から発行されたスイッチモード電源の教科書『Power Supplies』の著者でもあります。

ジェフはまた、後にComputer Products社に買収された高ワット数のスイッチング電源のメーカーであるJeta Power Systems社を共同創設しました。ジェフは発明家でもあり、熱環境発電と光学メタマテリアルの分野で17の米国特許を取得しています。このように彼は、パワーエレクトロニクスの世界的トレンドに関する業界の情報源であり、あちこちで頻繁に講演を行っています。彼は、定量的研究と数学でカリフォルニア大学から修士号を取得しています。

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