家畜監視、フリート管理、およびインダストリ4.0ロジスティクス用のマルチコネクティビティ追跡システムの設計方法

著者 Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

家畜管理などの畜産農業業務、食品や医薬品のコールドチェーン倉庫保管、車両のフリート管理、インダストリ4.0の柔軟性の高い生産体制などでは、リアルタイムの資産追跡と状態監視が不可欠です。これは、複数のセンサを使用して環境条件を監視する複雑なプロセスです。その際、正確な位置情報を確保するためにGPS、Galileo、Glonass、BeiDou、QZSSといったマルチコンステレーション全地球的航法衛星システム(GNSS)機能を資産に活用できることが強調されています。さらに、マルチコネクティビティソリューションでは、集中監視をサポートするクラウドへの接続といった周囲の環境に関係なく、資産の位置と状態をタイムリーに伝達できます。これには、バッテリ電源の必要性を最小限に抑える高いエネルギー効率が要求されているほか、ハッキングの心配がないセキュアで安全なシステムであることも必須となります。

資産追跡と状態監視システムの設計は、多数の専門分野にまたがる複雑な作業のため、多大なリソースと時間を要します。ハードウェア設計に関連する複雑さに加え、データをクラウドやモバイルデバイスに安全に接続して、生成された豊富な情報を実用的なフォーマットで利用できるようにする必要があります。

資産追跡システムを設計する際は、白紙の状態から始めなくても、開発キットやリファレンス設計を利用すれば、高度な資産追跡アプリケーションの試作、テスト、評価を簡単に行えます。この記事では、資産追跡と状態監視システムを開発する際に考慮すべきGNSS、センサ、コネクティビティなどを確認します。そして、STMicroelectronicsの包括的な開発キットをご紹介します。このキットには、さまざまな種類のセンサ、GNSS測位、通信機能に用いる複数のプリント回路基板のほか、バッテリとバッテリ寿命を最大化する高性能な電源管理、ソフトウェアおよびファームウェアのライブラリ、アプリケーション開発ツールが含まれています。

資産の位置情報を取得する

資産追跡の第一歩は、米国海洋電子機器協会(NMEA)のデータ形式を用いた現在地情報の収集です。NMEAは、あらゆるGPSメーカーが相互運用性を確保するために採用している規格です。標準的なNMEAのメッセージ形式は、センテンスと呼ばれます。NMEAでは、さまざまな種類の情報を提供するために、いくつかのセンテンスを定義しています。

  • GGA - 3D座標、ステータス、使用衛星数などを含む、全地球測位システム(GPS)の補正データ
  • GSA - 精度低下率(DOP)とアクティブ衛星
  • GST - 測位誤差統計
  • GSV - 可視衛星数、各衛星の疑似ランダムノイズ(PRN)数、仰角、方位角、SN比
  • RMC - 位置、速度、時刻
  • ZDA - UTCの年/月/日とローカルタイムゾーンのオフセット

NMEAを使用すると、さまざまなタイプのGPSレシーバに対して共通のインターフェースを適用できます。そのため、対応するセンテンスを使用して特定のデータセットに簡単にアクセスでき、ロケーションソフトウェアの開発が簡略化します。

精度を向上させる方法

GNSSの生データでは、取得できる測位精度は限られています。そこで、位置推定を向上させるツールとして、船舶に搭載されたGPSナビゲーション装置に補正信号を提供するディファレンシャルGPS(DGPS)サービスなどを利用できます。DGPSは、海事用無線技術委員会(RTCM)のプロトコルを使用して、高精度な位置データを提供します。また、位置情報の精度を高めるために、米国の広域増強システム(WAAS)、欧州の欧州静止衛星ナビゲーションオーバーレイサービス(EGNOS)、アジアの運輸多目的衛星用衛星航法補強システム(MSAS)、インドの地域SBASである静止衛星型衛星航法補強システム(GAGAN)といった静止衛星型補強システム(SBAS)が利用できます(図1)。

STMicroelectronicsのTESEO LIV3FマルチコンステレーションGNSSレシーバの画像図1:TESEO LIV3FマルチコンステレーションGNSSレシーバは、DGPS、SBAS、RTCM(左下)などの一連のツールを搭載し、高精度な測位ソリューションを実現します。(画像提供:STMicroelectronics)

資産の状態について

多くの場合、資産の位置を知ることはパズルの1ピースにすぎません。物理的な状態や、動いているか静止しているかなど、資産の状態に関する情報の収集が重要になる場合もあります。ニーズに応じて、以下のようなさまざまなセンサを配置できます。

  • 温度センサ - -40°C~+125°Cの動作範囲、高精度、米国国立標準技術研究所(NIST)トレーサブル、IATF 16949:2016規格の要求事項を検証済みの較正付きといった特長を備えています。
  • 大気圧センサ - 小型で堅牢なマイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)ピエゾ抵抗式絶対圧センサで、260hPa~1260hPa(ヘクトパスカル:ミリバールとも呼ばれる)の絶対圧範囲を備え、デジタル出力大気圧センサとして使用できます。高精度で、温度補償機能を搭載していることが必須です。
  • 湿度センサ - -40°C~+120°Cの動作温度範囲と0~100%相対湿度(RH)の湿度測定範囲を備えています。±3.5% RH(20~80% RH)の精度を持つ温度補償機能が必須です。
  • 慣性測定ユニット(IMU) - MEMSベースの3D加速度センサと3Dジャイロスコープを搭載し、資産が動いているか止まっているかを測定します。
  • 加速度センサ - MEMSベースの3軸リニア加速度センサなどで、資産に影響する衝撃や振動を測定します。

セキュアなコネクティビティ

資産の位置と状態を測定したら、次はその情報を伝達します。状況に応じて、長距離と短距離のセキュアな接続を組み合わせる必要があります。STMicroelectronicsのSTEVAL-ASTRA1Bマルチコネクティビティ資産追跡プラットフォームの場合、以下のようにメインボード上の複数あるシステム要素によって、コネクティビティとセキュリティを確立しています(図2)。

  • STM32WB5MMGは、STM32WBデュアルコアArm® Cortex®-M4/M0+、水晶発振子、マッチングネットワーク内蔵チップアンテナなどを搭載した、認証済みの2.4GHzワイヤレスモジュールです。Bluetooth Low Energy(BLE)スタックを実装しており、Open Thread、Zigbee、その他の2.4GHzプロトコルをサポートします。
  • STM32WL55JCは、長距離ワイヤレス接続を実現します。デュアルコアArm Cortex-M4/M0+を搭載し、GFSKやLoRaなどのプロトコルをサポートします。標準仕様のRFフロントエンドでは、868MHz/915MHz/920MHzの各周波数帯に対応しています。一部の部品を変更することで、さらに低い周波数に対応することも可能です。
  • STSAFE-A110セキュアエレメントは、STM32WB5MMGに接続してセキュアなデータ管理と認証を行います。資産追跡など、モノのインターネット(IoT)ネットワークをサポートするために設計されており、セキュアなオペレーティングシステムおよびマイクロコントローラを搭載しています。

STMicroelectronicsの資産追跡プラットフォームSTEVAL-ASTRA1Bのメインボードの画像(クリックして拡大)図2:資産追跡プラットフォームSTEVAL-ASTRA1Bのメインボードには、短距離接続用のSTM32WB5MMG、長距離接続用のSTM32WL55JC、セキュアな動作を確保するためのSTAFE-A110が搭載されています。(画像提供:STMicroelectronics)

資産追跡の開発環境

資産追跡アプリケーションの開発者は、STMicroelectronicsのSTEVAL-ASTRA1Bハードウェアおよびソフトウェアの開発キットとリファレンス設計を利用して、高度な資産追跡システムの試作、テスト、評価を簡単に行えます(図3)。STEVAL-ASTRA1Bは、STM32WB5MMGモジュールとSTM32WL55JC SoCを中心に構築されており、短距離接続と長距離接続の組み合わせを実現しました(BLE、LoRa、2.4GHzおよびsub-1-GHzの独自プロトコル)。NFC接続の場合は、ST25DV64Kを利用できます。STSAFE-A110はセキュアな動作をサポートしており、Teseo-LIV3F GNSSモジュールは屋外での測位を実現します。

STMicroelectronicsのSTEVAL-ASTRA1Bプラットフォームの画像図3:STEVAL-ASTRA1Bプラットフォームには、高度な追跡システムの開発に必要となるハードウェア、ファームウェア、ソフトウェアツールがすべて搭載されています。(画像提供:DigiKey)

GNSS測位レシーバは、GPS、Galileo、GLONASS、BeiDou、QZSS、NavIC(IRNSSとも呼ばれる)の6つのシステムと互換性があります。また、WAAS、EGNOS、MSAS、GAGANといったSBASに対応したシステムや、アンチジャミング用のノッチフィルタも搭載しています。

状態監視用に、次のような多様なセンサが搭載されています(図4)。

  • STTS22HTR - -40°C~+125°Cの動作温度範囲を備えたデジタル温度センサで、±0.5°Cの最大温度精度(-10°C~+60°C)、16ビットの温度データ出力といった特長があります。較正はNISTトレーサブルで、このデバイスはATF 16949:2016規格に従って較正された装置で100%テスト・検証済みです。
  • LPS22HHTR - MEMSピエゾ抵抗式絶対圧センサで、
  • 260hPa~1260hPaの絶対圧範囲を備えるデジタル出力大気圧センサとして使用できます。0.5hPaの絶対圧精度、0.65Paの低い大気圧センサノイズといった特長を持ち、24ビットの圧力データ出力を実現しました。
  • HTS221TR - 相対湿度・温度センサで、0~100% RHを0.004% RH/最下位ビット(LSB)の感度で測定できます。湿度精度は±3.5% RH(20~80% RH)、温度精度は±0.5°C(+15°C~+40°C)です。
  • LIS2DTW12TR - MEMS 3軸リニア加速度センサおよび温度センサで、選択可能なフルスケール(±2g/±4g/±8g/±16g)を備えています。1.6Hz~1600Hzの出力データレートで加速度を測定できます。
  • LSM6DSO32XTR - 常時動作する32gの3Dデジタル加速度センサと3Dデジタルジャイロスコープを搭載したIMUモジュールです。加速度では±4g/±8g/±16g/±32gの各フルスケール、角速度(dps)では±125dps/±250dps/±500dps/±1000dps/±2000dpsの各フルスケールを備えています。

STMicroelectronicsのSTEVAL-ASTRA1Bのメインボードの図(クリックして拡大)図4:STEVAL-ASTRA1Bのメインボードには、多様なセンサ(左)、システムボード(黄色のボックス)、GNSS接続エレメント(TESEO LIV3Fと右下のアンテナ)が搭載されています。(画像提供:STMicroelectronics)

ワイヤレス追跡デバイスでは、電源管理が重要です。バッテリの長寿命化を実現するために、STEVAL-ASTRA1Bでは、以下のような多様な電源管理コンポーネントを搭載しています。

  • ST1PS02D1QTR - 400ミリアンペア(mA)の同期整流式降圧コンバータで、1.8V~5.5Vの入力電圧範囲、3.6Vの入力電圧で500ナノアンペア(nA)の入力静止電流、92%の標準効率といった特長を備えています。
  • STBC03JR - バッテリ電源管理およびバッテリチャージャICで、定電流/定電圧(CC/CV)充電アルゴリズムを採用した単一セルリチウムイオン(Li-ion)電池用のリニアバッテリチャージャ部、150mAの低ドロップアウトレギュレータ(LDO)、2つの単極両投(SPDT)ロードスイッチ、故障時の電池保護回路などを搭載しています。
  • TCPP01-M12 - USB Type-C®ポート保護ICで、5V~22Vで調節可能なVBUS過電圧保護(外部NチャンネルMOSFETと連携)、VBUSへの短絡を防ぐCCラインの6.0V過電圧保護(OVP)、IEC 61000-4-2レベル4に準拠したコネクタピン(CC1/CC2)用のシステムレベル静電気放電(ESD)保護といった特長を備えています。

ソフトウェアおよびファームウェアのライブラリ

STEVAL-ASTRA1Bを使用して資産追跡アプリケーションを開発する場合、幅広いソフトウェアおよびファームウェアが付属しているか、利用可能となっています。例としては、以下のようなものがあります。

  • FP-ATR-ASTRA1機能パックは、完全な資産追跡アプリケーションを実装しており、STEVAL-ASTRA1Bにも付属しています。GNSSレシーバから測位データを取得し、環境センサやモーションセンサでデータを読み取り、それらのデータをBLEやLoRaWAN接続を利用してクラウドに送信します。フリート管理、家畜監視、物品監視、ロジスティクスなど、カスタマイズ可能なユースケースを用意しています。
  • STAssetTrackingアプリケーションは、BLE、Sigfox、NFCに対応した資産追跡デバイスを遠隔で設定できます。特定のセンサのデータロギングを有効にできるほか、閾値トリガを設定してロギングを開始/停止することも可能です。
  • DSH-ASSETRACKINGダッシュボードは、Amazon Web Services(AWS)を利用したクラウドアプリケーションです。GNSS測位サービスや、モーションおよび環境センサからのデータの収集、可視化、分析に最適化された直感的なインターフェースが特長です。リアルタイムまたは過去の位置データやセンサ値をプロットすることで、環境条件やイベントを監視できます(図5)。

DSH-ASSETRACKINGダッシュボードの画像(クリックして拡大)図5:DSH-ASSETRACKINGダッシュボードは、AWSを利用した資産追跡用クラウドアプリケーションです。(画像提供:STMicroelectronics)

まとめ

資産追跡は重要かつ複雑な機能であり、家畜監視、フリート管理、ロジスティクスなどでは欠かせないものです。前述のとおり、STMicroelectronicsのSTEVAL-ASTRA1Bハードウェアおよびソフトウェアの開発キットとリファレンス設計は、GNSS測位サービス、多様な環境およびモーションセンサ、電源管理などを搭載しています。さらに、高性能な資産追跡デバイスの設計を加速させるのに不可欠な、あらゆるソフトウェアおよびファームウェアを網羅しています。

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著者について

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Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

ジェフ氏は、パワーエレクトロニクス、電子部品、その他の技術トピックについて30年以上にわたり執筆活動を続けています。彼は当初、EETimes誌のシニアエディターとしてパワーエレクトロニクスについて執筆を始めました。その後、パワーエレクトロニクスの設計雑誌であるPowertechniquesを立ち上げ、その後、世界的なパワーエレクトロニクスの研究グループ兼出版社であるDarnell Groupを設立しました。Darnell Groupは、数々の活動のひとつとしてPowerPulse.netを立ち上げましたが、これはパワーエレクトロニクスを専門とするグローバルなエンジニアリングコミュニティで、毎日のニュースを提供しました。また彼は、教育出版社Prentice HallのReston部門から発行されたスイッチモード電源の教科書『Power Supplies』の著者でもあります。

ジェフはまた、後にComputer Products社に買収された高ワット数のスイッチング電源のメーカーであるJeta Power Systems社を共同創設しました。ジェフは発明家でもあり、熱環境発電と光学メタマテリアルの分野で17の米国特許を取得しています。このように彼は、パワーエレクトロニクスの世界的トレンドに関する業界の情報源であり、あちこちで頻繁に講演を行っています。彼は、定量的研究と数学でカリフォルニア大学から修士号を取得しています。

出版者について

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