輸送の世界を変えるワイドバンドギャップ半導体
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2023-03-31
内燃機関(ICE)の自動車は、より汚染度の低い電気自動車やハイブリッド自動車、よりクリーンな大量輸送手段(鉄道、航空機、船舶)へと徐々に移行しており、輸送分野全体が根本的な変革期を迎えています。温室効果ガス(GHG)の排出を抑制し、地球温暖化を緩和するためには、効率を最大化し、環境負荷を低減できるソリューションが必要です。
ワイドバンドギャップ(WBG)半導体は、輸送アプリケーションにとって魅力的ないくつかの特性を備えています。その利用により、より効率的で、より速く、より軽量で、航続距離の向上と環境負荷の低減が可能な自動車を実現できます。
WBG材料の特性
ワイドバンドギャップ材料は、一般的に使用されているシリコン(Si)よりも優れているため、パワーエレクトロニクス分野を急速に変化させています。シリコンのバンドギャップが1.1電子ボルト(eV)であるのに対し、WBG材料は2~4eVのバンドギャップを持ちます。さらに、ほとんどのWBG半導体は、シリコンよりも大幅に高い絶縁破壊電界を備えています。つまり、シリコンと比較して著しく高い温度と電圧で動作し、より高い電力レベルと低い損失を実現することができるのです。WBGの代表的な材料であるシリコンカーバイド(SiC)と窒化ガリウム(GaN)の主な特性をシリコンと比較し、表1に示します。
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表1:Si、SiC、GaNの特性比較
SiCパワーデバイスは、シリコン系のものと比較して、主に以下のような利点があります。
- 少ないスイッチング損失:SiC MOSFETはユニポーラデバイスであり、非常に小さいターンオンとターンオフのスイッチング損失を実現。この特性により、低損失で高いスイッチング周波数を実現でき、受動部品やマグネティックスの削減が可能
- 低い伝導損失:バイポーラ接合がないため、SiCデバイスは軽負荷または部分負荷動作時の損失も減らすことが可能
- 高い動作温度:SiCはシリコンに比べ優れた熱的特性。SiCは広い温度範囲で低リーク電流を示し、200℃を超える動作が可能。この特性の結果として冷却の簡素化と優れた熱管理を実現
- 内部ボディダイオード:この特性により、SiC MOSFETは第3象限でダイオードモードで動作し、パワーアプリケーションで優れた性能を発揮
これらの特性を組み合わせることで、より高い電力密度、効率、動作周波数、より小さなフットプリントを持つSiCデバイスを得ることができます。
GaNパワーデバイスは、Si系およびSiC系のものと比較して、主に以下のような利点があります。
- GaNデバイスは、内部ボディダイオードがないにもかかわらず、逆回復電荷なしで第3象限で動作することが可能。その結果、アンチパラレルダイオードが不要
- 低ゲート電荷QGと低オン抵抗RDS(ON)により、駆動損失の低減とスイッチング速度の高速化を実現
- 逆回復がないため、スイッチング損失の低減と電磁干渉(EMI)ノイズの低減を実現
- 高いdv/dtを実現:GaNは非常に高い周波数でスイッチングでき、同様のRDS(ON)でSiC MOSFETより4倍速いターンオンと2倍速いターンオフを実現
WBGデバイスのアプリケーション
図1に示すように、SiCやGaNが最高の性能を発揮するアプリケーションと、SiCやGaNの特性がシリコンと重なるアプリケーションがあります。多くの場合、高周波用途にはGaNデバイスが最適であり、SiCデバイスは高電圧で高いポテンシャルを発揮します。
図1:Si、SiC、GaNデバイスの潜在的アプリケーション(画像提供:Infineon)
ハイブリッド車および電気自動車
H/EVは、複数のパワーエレクトロニクスシステムを使用して、グリッドまたはエンジンのエネルギーを、モータや補機への電力供給に適した形態に変換します。また、ほとんどのH/EVは、車輪で発電機を回転させてバッテリを充電する回生ブレーキを採用しています。
トラクションインバータはこれらの車にとって重要な部品で、バッテリからの直流高電圧を交流に変換し、三相モータに電力を供給します(図2参照)。このアプリケーションでは、大きな電力が必要となるため、インバータのトポロジに応じて650Vまたは1.2kVの定格を持つSiCデバイスが好まれます。SiCは、損失、サイズ、重量の低減に貢献し、小さなフォームファクタのソリューションを可能にします。
図2:H/EVの主要部品(画像提供:ROHM Semiconductor)
車載充電器(OBC)は、グリッドに接続し、交流を直流電圧に変換してバッテリを充電します。OBCの出力は通常3.3kW~22kWで、高電圧(600V以上)のパワーデバイスに依存します。このアプリケーションにはSiCとGaNのいずれも適していますが、GaNの特長である高いスイッチング周波数、低い伝導損失、軽量小型化は、OBCの実装に最適なソリューションと言えます。
H/EVにおけるWBGのもう1つのアプリケーションは、低電圧(LV)DC/DCコンバータで、バッテリ電圧(HEVでは200V、EVでは400V以上)を、補助システムの電源に必要な12V/48VのDC電圧に降下させる役割を担います。このLVコンバータは、GaNやSiCのデバイスを使用してより高い周波数を実現することができ、1kW未満の標準電力を特徴としています。
表2は、Si、SiC、GaNが先に述べたH/EVアプリケーションの要件をどのように満たしているかをまとめたものです。
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表2:H/EVにおけるWBGのアプリケーションとSiとの性能比較
鉄道輸送
電車は、カテナリ架線やサードレールを経由してグリッドから電力を引き込み、モータや補助システムに適した形に変換します。列車がACラインで運用される場合、トランスと整流器で電圧を降圧し、直流に調整する必要があります。その後、直流電圧は分割され、インバータを通して補助システムやトラクションシステムのニーズに対応するために供給されます。
トラクションインバータは、直流を交流に変換してモータに電力を供給し、回生ブレーキで発生した電気を再変換します。そのため、このコンバータは、エネルギーを双方向に流すように設計されています。その代わり、補助インバータは冷却システムや乗客の快適性など、移動に関係のないニーズ向けに電力を供給します。
トラクションインバータ内のパワーエレクトロニクスの大きさは、次のように列車のクラスによって異なります。
- トランジット:1.2kV~2.5kV
- コミュータ:1.7kV~3.3kV
- インターシティ:3.3kV超
しかし、ほとんどの列車は3.3kVか1.7kVのどちらかを使用しています。
回生ブレーキは、電力の一部を地域の送電網や鉄道配電システム、蓄電池に戻すため、先に述べたアプリケーションのものよりもシステムが複雑になります。再生されたエネルギーは、すぐに蓄えたり使ったりしなければ、失われてしまいます。
従来、鉄道牽引用パワーモジュールに使用されていたバイポーラSi系IGBTとフリーホイールダイオードを、ユニポーラSiC系MOSFETとダイオードに置き換えることにより、スイッチング周波数と電力密度を向上させることができます。
鉄道牽引用途のパワーエレクトロニクス装置の軽量化および体積削減のためには、伝導損失とスイッチング損失を低減し、最高接合部温度を上げる必要があります。広く使われているバイポーラシリコンパワーデバイスでは、伝導損失の増大とスイッチング損失の減少が反対の効果をもたらします。ユニポーラデバイスでは、バイポーラデバイスのように、伝導損失とスイッチング損失のトレードオフがありません。その結果、伝導損失を最小限に抑えながら、スイッチング損失を低減することができます。
WBGパワーエレクトロニクスにより、電気鉄道の電力損失を大幅に削減することができます。その結果、グリッドから引き出されるエネルギーは少なくなり、回生ブレーキによってより多くのエネルギーが戻ってくることになります。また、WBGデバイスは、効率化に加え、鉄道輸送に大きく貢献する以下のような利点も備えています。
- 効率に大きな影響を与える軽量化
- 動作温度が高いため、冷却システムの小型化が可能
- スイッチング周波数の向上により、受動部品の小型化が可能となり、トラクションインバータと補助インバータの軽量化を実現。インバータとモータは、スイッチング周波数の向上により、需要の変動に素早く対応でき、効率の改善に貢献。また、高い周波数では音が小さくなり、冷却ファンも止めることができるため、鉄道の停車駅で列車がいても騒音を抑制できる。
船舶および航空アプリケーション
パワーエレクトロニクスの革新は、長い間、海洋分野に恩恵を与えてきました。船内では、ディーゼルエンジンを動力源とする同期発電機から中圧交流レベルの電気を各種機器に供給しています。推進ドライブ(AC/DCコンバータとDC/ACコンバータの混合)、その他の機器が主にその中に含まれます。
最近の海洋分野では、交流配電網を直流配電網に置き換える試みがなされています。このソリューションでは、可変速運転が可能な発電機であれば、交流配電に同期させる必要がなく、燃料の節約を実現します。一方、交流発電機と直流配電網の間には整流回路(AC/DCコンバータ)を導入する必要があります。
船舶の推進用可変速ドライブは、極めて高い信頼性が要求される重要な船舶部品です。多くが数ワットから数十メガワットまでの定格です。多くの場合、これらのドライブは、交流電力配電を行う船舶において最も重要なパワー変換ブロックとなります。それだけに、その効率は非常に重要です。
前述のように、従来のシリコン系パワーデバイスから、小型軽量化しながら効率を高めるSiCやGaN系デバイスへの置き換えが進んでいます。WBGデバイスは、シリコン技術では不可能な最先端のパワーエレクトロニクスシステムソリューションをもたらし、まもなくSi系デバイスを追い越して業界をリードすることになるでしょう。
将来の燃料タービン発電機は、ハイブリッドおよび全電気式アビオニクス推進システムの原動力となります。その後、発電機とモータを接続するためにパワーエレクトロニクスが使用されることになります。十分な電力を確保するためには、非常に高い直流電圧のバスが必要です。これらのバスは、軽自動車用の数kVから航空機用のMVレベルまで、さまざまな電圧に対応できます。さらに、直流高電圧バスは、永久磁石同期機を発電機として使用することを可能にし、無効電力やパワーエレクトロニクスの定格を低下させます。発電機の回転速度が速いため、パワーコンバータでは高いスイッチング周波数で機能する機器が必要となり、その結果、フィルタエレメントの小型化、軽量化が必要となります。
高い変換効率を確保しながら、あらゆる要求を満たす半導体デバイスとして、SiCは最も有望視されています。低パワーレンジの航空機では、新たに誕生した3.3kVと6.5kVのSiC MOSFETデバイスが大きな関心を集めています。また、大型航空機の高電圧および高出力要件に対応するため、モジュール式パワーコンバータのトポロジに採用することも可能です。
まとめ
シリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などのワイドバンドギャップ半導体は、従来の半導体に比べて、高電圧や高温を低い電力損失で扱えるといういくつかの利点があります。このような特性から、交通機関など、さまざまなアプリケーションで使用されるパワーエレクトロニクスに特に適しています。
WBG半導体は、運輸産業でより効率的で信頼性の高い電気自動車やハイブリッド車の開発に使用されています。ワイドバンドギャップ半導体の電力損失は少ないため、スイッチング周波数の向上が可能となり、パワーエレクトロニクスの小型軽量化を実現します。これにより、車両の航続距離の延長、充電時間の短縮、総合的な性能の向上が期待できます。
また、ワイドバンドギャップ半導体は、EVやHEVのモータドライブやインバータなど、より高効率な小型パワートレインの開発を可能にします。これらの部品のサイズと重量を低減することで、車両設計者は他の部品のためのスペースを確保したり、車両全体の空力特性を改善したりすることができます。
電気自動車やハイブリッド車だけでなく、飛行機や電車など他の輸送形態にもワイドバンドギャップ半導体は使われています。これらのアプリケーションでは、ワイドバンドギャップ半導体の高温および高電圧性能がパワーエレクトロニクスの効率と信頼性を向上させ、運用コストの削減や安全性の向上につながります。
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