航空宇宙・衛星用途に使用するワイドバンドギャップ半導体

著者 Rolf Horn(ロルフ・ホーン)

ワイドバンドギャップ(WBG)半導体は、パワー変換において、電力密度や効率の向上などの利点をもたらすと同時に、より小さな受動部品の使用が可能な高周波スイッチングによってシステムのサイズと重量を低減します。これらの利点は、サイズと重量が決定的に重要な航空宇宙や衛星用の電源システムにおいて、さらに重要になります。この記事では、これらの用途におけるシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などのWBG部品の相対的な優位性を探ります。

航空機のパワー変換

地球温暖化防止のため、従来のガスエンジン搭載の航空機から排出されるガスを削減する方法が注目されています。次のようなアプローチが検討されています。

  • 航空機装備品の電気化(MEA):ここでは、機械式または油圧で駆動するエンジン付属品の一部を、電気で駆動する部品に置き換えることを目標としています(例:燃料ポンプ)。
  • 電気推進システムの拡大(MEP):発電機を用いてガスタービンをハイブリッドでアシストし、燃費を低減します。
  • 全電気航空機(AEA):飛行機がすべて電気で動くという、より野心的な計画です。これは、エアタクシーとして計画されているようなヘリコプタ、アーバンエアモビリティ(UAM)車、垂直離着陸(VTOL)機などの小型機からスタートすることになります。

最近の航空機では、消費電力の増加に伴い、ガスタービンから発生する入力電圧を230VACに上げる必要があります。この電圧は整流器によって、HVDC電圧とも呼ばれる±270VDCのDCリンク電圧に変換されます。その後、DC/DCコンバータで28VのLVDCを生成し、フライトデッキディスプレイやDC燃料ポンプなどの装置を動かすために使用されます。車両のEV充電器では800Vのシステムが開発されているように、航空機でもケーブル損失を減らすために電圧を高くする傾向にあります。航空機では、特にハイブリッド推進システムやAEAシステムにおいて、直流電圧がkVのレベルに押し上げられる可能性が高くなっています。電力でいえば、MEAシステムのパワーコンバータは10~100KW、ハイブリッド推進システムやAEAシステムのパワーコンバータは数MWのレベルが必要です。

航空機に搭載されるパワーエレクトロニクスの主な要件と課題

  • サイズ、重量、消費電力(SWaP):燃費、航続距離、総合的な効率はこれらに直接関係するため、SWaPの指標が低いことが重要です。AEAの例で考えてみましょう。この場合、バッテリシステムは発電システムの中で最も重い部品となります。必要なバッテリサイズは、インバータの効率によって変わります。インバータ効率が98%から99%に1%向上するだけでも、エネルギー密度250Wh/kgの一般的なバッテリの場合、必要なバッテリサイズを数百kg削減することができます。また、インバータモジュールの質量出力密度(kW/kg)も重要な指標となります。同様に、受動部品のサイズや重量、コンバータのアクティブデバイスに必要な冷却システムも相当なものになる可能性があります。
  • 非加圧領域でエンジンの近くに設置される高出力電子機器は、熱や絶縁に関する多くの課題に直面します。アクティブデバイスには、温度に関して大きなディレーティングが必要であり、その冷却要件が航空機全体の冷却システムに負担をかけることがあります。高い高度では、より低い電界で部分放電が起こる可能性があるため、半導体やモジュールのパッケージ、絶縁部品は十分な余裕を持って設計する必要があります。また、宇宙線被ばくへの耐性を確保するためには、アクティブデバイスの電圧の大幅なディレーティングも必要です。
  • 品質保証と信頼性の基準:DO-160は、航空ハードウェアをさまざまな環境でテストするためのルールです。商用オフザシェルフ(COTS)部品はほとんど認証されていないため、OEMや航空機メーカーが認証し、確実に使用できるようにする必要があります。

航空宇宙・衛星用途におけるワイドバンドギャップ(WBG)パワー半導体の利点

SiCやGaNなどのWBG材料には、図1に示すように、従来のシリコン(Si)ベースのデバイスに比べて多くの利点があります。

Si、SiC、GaNの材料特性の比較画像図1:Si、SiC、GaNの材料特性の比較。(画像提供:Researchgate)

これらの材料の利点は、航空機のパワーエレクトロニクスに以下のような多くのメリットをもたらします。

  • 特にSiCは熱伝導率が高いため、エンジン制御に使用されるような部品を冷却しやすくなります。
  • システム電圧を高くすることで、ケーブルの抵抗損失を低減します。特にSiCでは、3.3kVまでの商用デバイスが利用可能であり、これをさらに拡張することを目的とした研究が活発に行われています。
  • 高温時の信頼性が向上します。たとえば、SiCでは+200˚Cの動作が実証されています。
  • 導通損失、スイッチング損失が低減されます。バンドギャップが高いため、定格電圧でのドリフト領域が小さくなり、伝導損失の改善につながります。また、寄生容量の低減により、スイッチングスルーレートの高速化によるスイッチング損失の低減が実現されます。
  • 低寄生成分により、高い周波数での動作も可能となります。たとえば、1~5kVのSiC MOSFETのスイッチング周波数は、Siの同等トポロジで可能な数十kHzに比べ、数百kHzに達することが可能です。GaN HEMT(高電子移動度トランジスタ)デバイスは、主に700V未満の電圧範囲で利用できますが、単極であり、逆回復損失がなく、この100Vのレベルでは数MHzでスイッチングできるというさらなる利点を持っています。高周波の大きな利点は、磁性体を小型化できることです。

図2は、GaNとSiを用いた100kHzブーストコンバータの効率を比較したものです。

100kHzブーストコンバータにおけるSiとGaNの効率比較の画像図2:100kHzブーストコンバータにおけるSiとGaNの効率比較。(画像提供:Nexperia

上記の利点はすべて、SWaP指標の改善と電力密度の向上に直結します。たとえば、高電圧デバイスの使用によってDCリンク電圧が高くなると、コンバータのDCリンクコンデンサの容量実効電流が小さくなり、必要なサイズを小さくすることができます。スイッチング周波数を高くすることで、より小型のフォームファクタで高周波の平面磁石を使用できるようになります。従来のパワーコンバータでは、磁性部品が総重量の40~50%を占めることもありましたが、より高い周波数で動作するWBGアクティブデバイスの使用により、その割合は減少しています。これをインバータの質量出力密度について見ると、Siベースの空冷コンバータでは10kW/kg前後です。WBGを使用すると、この指標は多くのシステム実証で25kW/kgを超え、トポロジ、DCリンク電圧、スイッチング周波数の最適化により、100kW/kgという高密度の達成が理論的に可能であることが示されています。

ワイドバンドギャップ(WBG)パワー半導体の課題とその解決案

しかし、WBGの上記のような利点は、対処すべき多くの課題にもつながっています。以下に、それらの課題と現在検討されている解決案を紹介します。

  • 電力密度の向上は、そのまま発熱量の増加につながります。高温はパワー変換の効率を低下させ、特に高温変化を伴う温度サイクルの場合、信頼性の面でも懸念されます。熱機械的応力は、ヒートシンクにアクティブデバイスの基板を接続するサーマルグリースのような熱界面材料(TIM)のヒートスプレッダの熱抵抗を増加させ、不安定にすることで、パワーモジュールのパッケージ信頼性に影響を与えます。検討されている解決案としては、以下のようなものがあります。
    • パッケージの改善:銀焼結による直接冷却の窒化アルミニウム(DBA)基板を使用したダブルサイド冷却のパッケージは、熱除去性能を向上させます。また、粉末合金のヒートシンクをDBA基板に直接、選択的レーザー溶融(SLM)する方法もあります。
    • 電力要件の上昇によってアクティブチップのサイズが大きくなる場合、並列チップを使用して同じ正味のアクティブエリアを達成すれば熱拡散に有利になります。
  • WBGの高速スイッチング遷移は、スイッチング損失の低減には有効ですが、電磁干渉(EMI)のリスクが高くなります。その解決案には、以下のようなものがあります。
    • 分散型のフィルタセルにより、性能の向上と冗長性を実現します。
    • 低周波を増幅するアンプを使用したアクティブとパッシブのハイブリッドフィルタを使用することで、フィルタのサイズを小さくし、性能を向上させることができます。
  • 定格電圧が高くなると、ドリフト領域を厚くする必要があるため、パワーデバイスの比抵抗(RDS(ON) x A、RDS(ON)はオン状態抵抗、Aはアクティブエリア)が大きくなります。たとえば、1200VのSiC MOSFETの高温比抵抗は1mΩ-mm2ですが、6kV定格のデバイスでは10mΩ-mm2に達することがあります。RDS(ON)の目標を達成するためには、より大きなデバイスまたはより多くのデバイスを並列に使用する必要があり、これはチップのコスト、スイッチング損失、冷却要件が高くなることを意味します。以下のような解決案があります。
    • 3レベルまたはマルチレベルのコンバータトポロジを使用すると、DCリンク電圧よりも低い定格のデバイスを使用することができます。これは、特にkV未満の定格のGaNデバイスに関連し、直列入力並列出力(SIPO)構成によって多くのデバイスに入力電圧を分散させることで、その使用が可能になります。

GaNと衛星通信

放射線に対する耐性という点では、GaN HEMTデバイスはSiとSiCの両方のMOSFETよりも優れています。

  • ゲート電極の下にあるAlGaN層は、MOSFETのSiO2ゲート酸化膜のように電荷を集めることはありません。その結果、eモードGaN HEMTのトータルドーズ効果(TID)の性能が大幅に向上し、Si/SiCでは一般的に数百krad(キロラド)であるのに対し、1Mrad(メガラド)を超える動作報告があります。
  • また、GaN HEMTでは二次電子効果(SEE)も改善されます。正孔がないため、ニ次電子のアップセット(SEU)のリスクを最小限に抑え、SiやSiCで見られるゲートラプチャ(SEGR)のリスクも最小限に抑えられます。

GaNベースのソリッドステート電力増幅器(SSPA)は、低軌道(LEO)衛星などの多くの宇宙用途において、特にCからKu/Kaバンドまでの周波数で真空管デバイスに大きく取って代わっています。

まとめ

SiCやGaNなどのWBG半導体は、航空宇宙や衛星通信に使用すると、多くの利点をもたらします。地上でのパワー変換用途でこれらの技術開発、使用、信頼性基準が成熟するにつれ、航空宇宙や衛星システムでの使用にも大きな信頼が得られるようになるでしょう。

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著者について

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Rolf Horn(ロルフ・ホーン)

Rolf Hornは、6年以上にわたってDigi-KeyElectronicsのアプリケーションエンジニアリング部門で仕事をしています。そこで彼は、先端技術製品の選択と使用方法についてお客様にサービスを提供しています。DigiKeyは、電子部品分野でフルサービスを提供する世界最大のディストリビュータの1社であり、1,000社を超えるハイクオリティな有名ブランドメーカーから1,110万を超える製品を提供し、即日出荷が可能な260万点超の在庫を誇っています。