屋内ロジスティクストラッキングのためにBluetooth AoAとAoDを素早く活用する方法

著者 Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

倉庫や工場におけるリアルタイムのアセットトラッキングは、インダストリ4.0の重要な側面です。アセットトラッキングや物流システムの改善を目的としたリアルタイム位置情報サービス(RTLS)の導入には、さまざまな技術が利用できます。全地球測位システム(GPS)は、屋外のRTLSの実装に広く使用されていますが、建物内では常に信号が利用できるわけではありません。Wi-Fiも選択肢の1つですが、精度に限界があり、大きな電力を必要とし、導入にコストがかかる傾向があります。電波による個体識別(RFID)は、低消費電力で精度は良いですが、高価になりがちです。インダストリ4.0におけるRTLSの導入に関しては、高精度な屋内測位に加え、低消費電力、Bluetoothハードウェアの低コスト、導入コストの低さを兼ね備えたBluetooth 5.1による方向検知技術の導入が進んでいます。

開発者にとって、Bluetooth RTLSシステムを一から設計することは魅力的なことです。残念ながら、RF信号からトランシーバの位置を計算するために必要な受信角(AoA)と放射角(AoD)のデータの無線周波数(RF)の同相と直交(IQ)情報を得ることは難しく、複数のアンテナの統合が必要です。また、AoAやAoDのデータを取得できたとしても、追跡対象物の位置を正確に把握するまでに、マルチパス伝搬、信号の偏波、伝搬遅延、ジッタ、ノイズなど、多くの要因で位置計算が複雑になる可能性があります。

そこで設計者はインダストリ4.0のRTLSアプリケーションに使用するBluetoothワイヤレスシステムオンチップ(SoC)、RFモジュール、アンテナを利用することができます。本記事では、さまざまなRTLS技術の選択肢の性能トレードオフを簡単に説明し、Bluetooth AoAおよびAoDロケーションがどのように実装されるかを説明します。次に、AoAおよびAoDベースのRTLSを迅速に実装するために必要なソフトウェアを含むBluetooth SoCおよびRFモジュール、ならびに Silicon Labs および u-bloxの関連アンテナを紹介します。また、製品化までの時間をさらに短縮させる評価キットも紹介します。

最も一般的に使用されている屋内用RTLS技術は、Wi-FiとBluetoothを使用して行われています(表1)。

  • Wi-Fiフィンガープリント は、建物内の各Wi-Fiアクセスポイント(AP)の位置と基地局ID(BSSID)のデータベースを使用します。アセットタグはWi-Fi環境をスキャンし、Wi-Fi APのリストと関連する信号強度を出力します。そして、調査によるデータベースをもとに、タグが置かれそうな位置を推定します。この技術では、高精度なRTLSには対応できません。
  • Wi-Fiの飛行時間型(ToF) の方が正確です。Wi-Fi信号が機器間を伝搬するのにかかる時間を測定します。ToFでは、RTLSの精度を高めるために、APを高密度に配置する必要があります。ToFもフィンガープリントも、デバイスコストが高く、多くのエネルギーを必要とします。
  • Bluetoothの受信信号強度(RSSI) は、受信信号強度を既知のビーコン位置と比較することで、近くのBluetoothビーコンとのおおよその距離を判断することで、RTLSをサポートします。RSSIは、Wi-FiフィンガープリントやToFよりも消費電力が少なく、低コストですが、精度に限界があります。その精度は、湿度レベルやロボットなどの環境要因や、施設内を動き回る人がBluetoothの信号レベルを変動させることによって、さらに低下する可能性があります。
  • Bluetooth AoA は、最も新しく、最も正確な屋内RTLS技術です。高精度を実現するほか、消費電力が比較的少なく、低コストであることも特徴です。しかし、他の選択肢に比べ、実装がかなり複雑です。
Wi-Fiフィンガープリント Wi-Fi飛行時間型 Bluetooth RSSI Bluetooth AoA
精度 10m 1m~2m 5m~10m 0.5m~1.0m
消費電力
導入コスト
デバイスコスト

表1:屋内RTLSは、精度、消費電力、コストのトレードオフができるさまざまなWi-FiおよびBluetooth技術を使用して実施することができます。(表提供:u-blox)

Bluetooth AoAおよび関連するAoD、RTLSソリューションは、アンテナアレイを利用してアセットの位置を推定します(図1)。AoAソリューションでは、アセットが単一のアンテナから特定の方向検知信号を送信します。受信デバイスはアンテナアレイを持ち、アセットと各アンテナの距離の違いによって生じる各アンテナ間の信号位相差を測定します。受信デバイスは、アレイ内のアクティブアンテナを切り替えてIQ情報を取得します。そして、そのIQデータをもとに、アセットの位置を算出します。AoDソリューションでは、位置を特定するロケータービーコンが複数のアンテナをアレイ状にして信号を送信し、受信デバイスには単一のアンテナが接続されています。受信デバイスは、多重信号を用いてIQデータを判定し、位置を推定します。AoAはアセットの位置を追跡するためによく使われますが、AoDはロボットが施設内のどこにいるかを精度よく、かつ低遅延で判断するための推奨される技術です。

Bluetooth AoAおよびAoD RTLSの実装の基礎となるアンテナアレイの図(クリックすると拡大します)図1:Bluetooth AoAおよびAoD RTLSの実装の基礎となるアンテナアレイ。(画像提供:Silicon Labs)

AoAベースのRTLSトラッキングの基本コンセプトは、次の通り単純明快です。Θ=arccos×((位相差×波長)/(2π×アンテナ間距離))(図2)実際の実装はもっと複雑で、環境変化、マルチパス信号、信号の偏波の変化などによって生じる信号の伝搬遅延を考慮する必要があります。また、アンテナをアレイで使用する場合、相互結合が起こり、互いの応答に影響を与えることがあります。最後に、これらの変化をすべて考慮し、リソースに制約のある組み込み環境においてタイムクリティカルソリューションに効率的に実装するための必要なアルゴリズムを開発することは、非常に困難なことです。開発者にとって幸いなことに、BluetoothのAoAおよびAoDソリューションには、IQデータの収集および前処理、マルチパス成分の抑制、環境要因の補正、アンテナ間の相互結合などがあります。

AoAを定義する方程式の画像図2:AoAを求める式(右上)は、到着信号の位相差、信号の波長、隣接するアンテナ間の距離を使用します。(画像提供:u-blox)

Bluetooth AoAおよびAoDに対応したSoC

開発者は、Bluetooth 5.2ネットワークやAoA、AoDを実装するために、Silicon Labsの EFR32BG22C222F352GN32-C のようなSoCを利用することができます。このSoCは、最大動作周波数76.8MHzの32ビットArm® Cortex®-M33コアに加え、動作電流とスリープ電流が少ない2.4GHzのエネルギー効率の高い無線コアと、最大6デシベルメートル(dBm)の送信(TX)電力を持つパワーアンプを4 x 4 x 0.85mm QFN32のパッケージに搭載したEFR32BG22 Wireless Geckoファミリ(図3)の製品です。Root of Trust(信頼の基点)と安全なローダー(RTSL)を備えたセキュアブートも含まれます。さらに、AES128/256、SHA-1、SHA-2(最大256ビット)、ECC(最大256ビット)、ECDSA、ECDHのハードウェア暗号化アクセラレーション、NIST SP800-90およびAIS-31に準拠した真性乱数生成器(TRNG)などのセキュリティ機能を備えています。さらに、モデルによっては、これらのSoCは最大512kBのフラッシュと32kBのRAMを搭載し、パッケージはQFN32に加え、5 x 5 x 0.85mmのQFN40と4 x 4 x 0.30mmのTQFN32が用意されています。

Silicon LabsのEFR32BG22 Wireless Gecko Bluetoothの画像図3:AoAとAoDをサポートするEFR32BG22 Wireless Gecko Bluetooth SoCは4 x 4 x 0.85mmのQFN32パッケージで提供(画像提供:Silicon Labs)

BG22-RB4191A ワイヤレスプロキットには、2.4GHzのEFR32BG22 Wireless Gecko SoCをベースにした方向検知無線ボードと、正確な方向検知に最適化されたアンテナアレイが搭載されており、AoAおよびAoDプロトコルを用いたBluetooth 5.1ベースの RTLSアプリケーション開発を迅速に行うことができます(図4)。メインボードには、ワイヤレスアプリケーションの評価や開発を容易にするために、以下のようなツールが含まれています。

  • EthernetまたはUSB経由でターゲットデバイスのプログラミングやデバッグを行うためのオンボードJ-Linkデバッガ
  • 高度エネルギーモニタによる電流および電圧のリアルタイムの測定
  • 仮想COMポートインターフェースにより、EthernetまたはUSB経由でシリアルポート接続が可能
  • パケットトレースインターフェースは、受信および送信された無線データパケットに関するデバッグ情報を提供します。

EFR32BG22 Wireless Gecko SoCを搭載したSilicon Labs BG22-RB4191Aワイヤレスプロキットの画像図4:EFR32BG22 Wireless Gecko SoCとアンテナアレイを搭載したBG22-RB4191Aワイヤレスプロキットは、AoAおよびAoD RTLSアプリケーションの開発を短縮します。(画像提供:Silicon Labs)

Bluetooth AoAおよびAoDに対応したモジュール

u-bloxは、AoAとAoDをサポートするアンテナを内蔵したBluetoothモジュールと内蔵していないBluetoothモジュールを提供しています。アンテナを内蔵しないモジュールのメリットを生かすアプリケーションには、Nordic Semiconductorの nRF52833 ICを搭載した NINA-B411-01Bなど、NINA-B41xシリーズが適しています(図5)。これらのモジュールは、RFコアと浮動小数点プロセッサを搭載したArm® Cortex®-M4を内蔵し、AoAやAoDを含むすべてのBluetooth 5.1モードで動作します。動作温度範囲は-40~+105°Cであり、産業環境におけるRTLSアプリケーションに最適なモジュールです。さらに、入力電圧範囲が1.7~3.6Vであるため、単セル電池駆動のシステムにも有効です。

コンパクトなRTLSソリューションをサポートするu-blox NINA-B41xシリーズモジュールの画像図5:NINA-B41xシリーズモジュールは、外部アンテナを使用するコンパクトなRTLSソリューションに対応しています。(画像提供:DigiKey)

NINA-B406-00Bなどのu-bloxのNINA-B40xシリーズには、10 x 15 x 2.2 mmのモジュールPCBに組み込まれた内部PCBトレースアンテナが含まれています(図6)。NINA-B406モジュールは、最大+8dBmの出力電力を供給することができます。AoAやAoDを含むBluetooth 5.1モードのサポートに加え、802.15.4(ThreadおよびZigbee)およびNordic独自の2.4GHzプロトコルをサポートしており、設計者は幅広いIoT機器設計において1つのモジュールで標準化できるようになります。

u-blox NINA-B40xシリーズモジュールの画像図6:内蔵アンテナによって恩恵を得るAoAおよびAoDアプリケーションは、NINA-B40xシリーズモジュールを使用できます。(画像提供:DigiKey)

製品化までの時間を短縮するために、設計者はBluetooth 5.1方向検知機能とAoAおよびAoD機能を立証するための実験が可能なu-bloxの XPLR-AOA-1 エクスプローラキットを使用できます。このエクスプローラキットには、NINA-B411 Bluetooth LEモジュールを搭載したタグとアンテナボードが含まれています(図7)。タグはNINA-B406 Bluetoothモジュールを中心に構成され、Bluetooth 5.1のアドバタイズメントメッセージを発信するソフトウェアが含まれています。アンテナボードは、メッセージを受信し、角度計算アルゴリズムを適用して、タグの方向を決定します。角度は、ボード上のアンテナの配列を使用して2次元的に計算されます。

u-blox XPLR-AOA-1エクスプローラキットの画像図7:XPLR-AOA-1エクスプローラキットには、タグ(左)とアンテナボード(右)が含まれており、Bluetooth AoAおよびAoDの評価をサポートします。(画像提供:u-blox)

XPLR-AOA-1キットの柔軟性により、設計者は以下のようなさまざまなアプリケーションを検討することができます。

  • ドアに物体が接近しているかどうかを検知する
  • 室内を移動するアセットをカメラで追尾できるようにする
  • ゲートを通過する商品や特定の位置を通過する商品を追跡する
  • ロボットや無人搬送車同士の衝突を回避する

また、XPLR-AOA-1キットを複数使用し、3枚以上のアンテナボードからの方向を三角測量することで、より複雑な測位システムを構築することも可能です。

まとめ

Bluetooth AoAおよびAoDは、インダストリ4.0のための正確で費用対効果の高いRTLS実装を実現します。設計者は、Bluetooth AoAおよびAoDの導入に必要な手間のかかるソフトウェアを迅速に実装するために必要なソフトウェアが含まれているSoCやモジュールを選択することができます。これらのSoCやモジュールは、バッテリ駆動の位置情報タグをサポートするために低消費電力に最適化されており、厳しい産業環境での動作に対応するよう設計されています。

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著者について

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Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

ジェフ氏は、パワーエレクトロニクス、電子部品、その他の技術トピックについて30年以上にわたり執筆活動を続けています。彼は当初、EETimes誌のシニアエディターとしてパワーエレクトロニクスについて執筆を始めました。その後、パワーエレクトロニクスの設計雑誌であるPowertechniquesを立ち上げ、その後、世界的なパワーエレクトロニクスの研究グループ兼出版社であるDarnell Groupを設立しました。Darnell Groupは、数々の活動のひとつとしてPowerPulse.netを立ち上げましたが、これはパワーエレクトロニクスを専門とするグローバルなエンジニアリングコミュニティで、毎日のニュースを提供しました。また彼は、教育出版社Prentice HallのReston部門から発行されたスイッチモード電源の教科書『Power Supplies』の著者でもあります。

ジェフはまた、後にComputer Products社に買収された高ワット数のスイッチング電源のメーカーであるJeta Power Systems社を共同創設しました。ジェフは発明家でもあり、熱環境発電と光学メタマテリアルの分野で17の米国特許を取得しています。このように彼は、パワーエレクトロニクスの世界的トレンドに関する業界の情報源であり、あちこちで頻繁に講演を行っています。彼は、定量的研究と数学でカリフォルニア大学から修士号を取得しています。

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