コンセプトの開発
電子機器の草創期、そして電子機器と言えば真空管を始めとする能動部品(電源が必要な部品)を指していた当時、電子回路はあらゆる部品をワイヤでつないで作られていました。それらは、プリント回路基板(PCB)に見られるようなトレース配線ではありませんでした。実際のワイヤを、能動部品や受動部品など、デバイスの端子にはんだ付けしたのです。PCBが登場するのは、かなり後のことです。
そのため、今の電子機器から見れば電子回路の配線は簡単で、誰でも配線できる時代でした。当初の回路は今より単純でした。何しろ、最初のラジオに必要な真空管は1本だけ。必要な技術といえば、主にはんだ付けでした。
この簡潔な組み立て方法の利点は、アマチュアやプロフェッショナル、そしてエレクトロニクスを学ぶ学生が簡単に実験できることにあります。実際に必要なのは、はんだ付けの道具と電子部品だけでした。このような電子機器の草創期には、当時最新の、しかも手の届くテクノロジーの魅力に好奇心旺盛な人々が惹きつけられ、愛好家向けの雑誌が大流行しました。
第二次世界大戦後は、新たな現象として電子機器のキットが登場しました。多くの企業が部品を販売し、その部品を組み立てて完成品を作る方法を解説する冊子も提供していました。それらの冊子には「動作原理」が掲載され、組み立て部品の動作の仕組みや機能が解説されました。Heathkit、Eico、Precisionなどの企業が、このようなキットを作成していました。電子機器の作り手は、ラジオやオシロスコープ、テレビなど、さまざまな製品を自作できたのです。当時は、電子機器に興味を持ち、電子回路を学ぶのに最高の時代でもありました。
やがて真空管はトランジスタに移行しましたが、配線はやはり簡潔でした。トランジスタを使うと回路の占有スペースが少なくて済み、端子ストリップを使用して回路を作成できました。この端子ストリップは、フェノールなどの非導電性ストリップに取り付けられたはんだ付け端子の列で構成されるものです。この時代になると、電子デバイスの低価格化によって回路はより複雑になり、さらに高度な機能を実装できるようになります。一方で、複雑化が進むにつれて配線を簡略化する必要性が高まり、そこで登場したのがPCBです。
PCBの良い点は、電子回路作りに新しいツールが必要ないことでした。そして当時の作り手には、すでにはんだ付けのノウハウがありました。はんだごてに関しては、先端を小さくするだけで事足りたのです。初期のPCB作成では、マイラーに不透明なテープを貼り、その部分に導電性を持たせる方法が一般的でした。露光プロセスにより、そのテープのパターンを銅張板上に「エッチング」するのです。しかしPCBの作成に必要となったこのプロセスが、電子回路の作り手を回路作成から遠ざける結果となりました。自分だけのPCBを作ろうとする意欲や作成のノウハウを持つ人は、少なくなりました。代わりに、PCB作成の対価を払って自分の回路を入手するわけですが、この支出増は作り手が電子回路から「手を引く」きっかけにもなりました。
しかし、見る者を興奮させる新製品が数多く生み出されたのも事実で、多くの人々にとって電子機器は魅惑的であり続けました。人々のイマジネーションによって実現される電子機器には際限がないほど、電子機器は目覚ましく進歩していったのです。そのような素晴らしい進歩が、電気エンジニア、物理学者、学生、愛好家を問わず、有り余る興味を持ち不屈の粘り強さを発揮する作り手たちを電子回路の世界につなぎとめました。
PCBの登場当時から、今のようにPCBが部品をまとめて「配線」する一般的な手段となるまでの間に、電子機器自体が革命的な進化を遂げてきました。それは、個別のトランジスタから集積回路(IC)への移り変わりです。ICは、電子部品を搭載した組み立て済みPCBのエッセンスです。ICのおかげで複雑な電子回路が大幅に小型化され、またICのコストはシリコン基板上で消費される面積の大きさに比例するため、IC自体の小型化も進み、PCBを使わなければ実用的に電子回路をまとめて配線できなくなったのです。例外はあるにしても、これはほぼ間違いありません。
ICが登場した初期のころ、コンセプトを開発してその電子回路をデバッグするために、マルチメータやオシロスコープなどの一般的な実験室用機器を使用しました。デバイスのピンに触れたり、回路の接合部を調べたりすることは比較的簡単でしたが、顧客からは大きな電子機器製品よりも小型の製品が望まれました。人々は携帯性を求めたのです。さらに、機能性の向上や低コスト化も求められました。
機能を高めて低コスト化しながら小型サイズを維持することは、電子機器製品を開発したり既存の製品を再設計したりする最も一般的な理由でしょう。それを実現する方法はただ1つ、高機能化されたICという形での、よりハイレベルな集積回路です。電子機器業界の活力源は、半導体技術の進歩にあります。たとえば今のスマートフォンを見ると、最新モデルは旧モデルよりも高機能でありながら低コストで登場しています。低コスト、と言うと違和感があるでしょうか。そもそも低コストとは、製品の値段のことか製造コストのことか、と問いただされるかもしれません。確かなのは、あるレベルの機能性に対するコストは割安になり、価格などの要素は同じまま、実質的に横ばいだと言うことです。私たちは基本的に、製品機能が向上した分だけ、そのメーカーの利益に資する対価を支払うことになります。結果的にそれが、1つの例として、相対的には変わらないスマートフォンの価格として現れています。
電子機器の低コスト化と小型化を両立させるために、業界はICのパッケージングに取り組みました。この動きは1980年代に急速に始まり、それにともないPCBへの依存度が高まったのです。このパッケージング技術は、面実装と呼ばれました。面実装において、ピン、つまり端子を1つずつ手作業ではんだ付けするのは、可能であってもまったく実用的ではありません。今では噴流はんだ付けと呼ばれる方法でPCBに部品を取り付けるようになり、コンセプトを開発するにはPCBの開発が欠かせないものになりました。ピン(端子)がパッケージで覆われるICでは、すべてのピンを調べることはもはや不可能です。
面実装が登場した一方で、エレクトロニクスを学ぶ学生や愛好家は、実質的にどうにもならない問題にも直面しました。個人的には、最後にHeathkitを組み立てたときのことを思い出します。それはマルチメータで、1990年代の後半でした。その直後に、Heathkitは世界的に有名なキットの販売に終止符を打ったのです。同社がキットのプロバイダ企業に戻ることはなく、「最後のモヒカン族」となりました。
前述のように、電子機器のコストは下がる傾向にありましたが、それによって電子機器の業界ではかつてない素晴らしいことが実現しました。電子回路の機能を回路基板として購入できるようになったのです。ICが備える機能は多くの場合、他の部品で補完することによって動作させる必要があります。それらは、電源チップ、クロック、ホストコントローラなどの部品です。PCBの形であれば、完全に動作するサブシステムが手に入り、しかも入手困難な価格ではありません。これらのPCBは、モジュールと呼ばれたり、システムインパッケージ(SiP)とも呼ばれたりします。
ICメーカーが潜在的な顧客層に自社技術を評価してもらうために新しいPCBを提供するのに加えて、新しいタイプの電子機器プロバイダが登場し始めました。それらは、Mikroe(別名Mikroelektronika)、Adafruit、Seeed、SparkFunといった「メイカープロフェッショナル」と呼ばれる企業です。これで、世界で最も高度な電子回路を使ったコンセプトの開発が、再びシンプルになりました。
電子サブシステムには数千もの種類があり、それらを使用してカスタムの統合システムを作成できます。これらの商用オフザシェルフ(COTS)製品は、専門企業やアマチュアにも利用されています。私がDigiKeyの社員だった当時、DigiKeyで取り扱っていたモジュールに搭載されていたIC部品とまったく同じICを同様に販売していることに気付き、さらに大手企業がそのIC部品だけでなくそのIC搭載モジュールも同様に購入していることに気付いたことがあります。そこで、「価格効率に優れた製品を最も低コストに作る資源を持つ企業が、なぜ割高なフォームファクタのPCBを購入するのか」と疑問に思い、それらの企業が購入する理由を考えました。
第1の理由は、モジュールには付加価値があるということ。RFモジュールであれば、連邦通信委員会(FCC)などの規制機関による「事前認証」を受けているという点です。コンプライアンス試験は高額で、多くの時間と費用がかかります。第2の理由は、市場投入までの時間です。市場規模が不明な場合は、できるだけ早く試験を実施するのが望ましいでしょう。市場規模が十分であれば、回路設計のより低いレベルで製品コストを削減できるように、設計見直しに取り組むことができます。第3の理由は、製品のバリエーションに適合するためです。モジュール式のサブシステムでは、製品の機能セットや価格帯を変更しやすくなります。つまり要点は、もし電子サブシステムが、回路設計の最も低いレベルの設計資源を持つ企業にとってコスト効率が良いものであれば、アマチュアや学生にとっても十分受け入れられるということです。でも話はここで終わりではありません。
モジュール式サブシステムの世界には、さまざまなインターフェースがあります。最も一般的なのは、シリアルペリフェラルインターフェース(SPI)、インターインテグレーテッドサーキット(I2C)、アナログ、準アナログパルス幅変調(PWM)、汎用非同期レシーバ/トランスミッタ(UART)、そしてパラレルです。このうち、最後の1つだけは幅広い種類のピン配列があります。おそらくモジュール式サブシステムの95%以上にはパラレルインターフェースが必要ないため、サブシステムのピン数は少なくなり、その分コストと価格が低く抑えられます。
Mikroeは、上記インターフェースの広範な利用を受けてMikroBUS規格を策定し、誰もが無償で使えるようにしました(図1)。ICメーカー各社はこのサブシステムインターフェースを採用しており、そのような企業は増えつつあります。確か、評価ボードや開発ボード製品にMikroBUS規格を採用したのは、Microchipが最初だったはずです。同社がMikroBUS規格を採用した理由は、同規格をベースとするモジュールが1000種類以上もあるからです。ボード上のMikroBUSサイトの数に応じて際限ない数のコンセプトを開発または評価でき、しかもPCBを配線したり、配線し直したり、組み立てたりする必要がありません。MikroBUS規格は今では広く受け入れられており、電気的インターフェースと基板の物理的な属性の両方を規定するため、ほぼあらゆるレベルの機能性と柔軟なコンセプトを安価に実現することが容易になりました。しかし、それだけではありません。
図1:MikroBUS規格。(画像提供:Mikroelektronika)
Mikroeは、開発ツールを提供する企業です。同社は、Click boardと呼ばれるMikroBUS規格採用のボードを製造する他に、開発ツールも作成しています。その中に、「CodeGrip」というツールがあります。CodeGripは、WiFiインターフェースとUSBインターフェースを備えています。そのいずれかの接続を介して、設計に含まれるあらゆるサブシステムを統合するソフトウェアを記述し、デバッグできます。WiFi接続されるということは、インターネットに容易にブリッジ可能なインターフェースを持つことを意味します。Mikroeは、Planet Debugと呼ばれるシステムによってこれを実現しました。
Planet Debugにより、パーソナルコンピュータにMikroeの統合開発環境(IDE)をインストールしてインターネットに接続していれば、誰もが世界のあらゆる場所にあるリモートハードウェアにアクセスできるようになります。実際にMikroeは、どのClick boardでもハードウェアを構成する依頼に応じます。ついに技術の進歩は、自分のコンセプトを開発するため、またはより深く理解したい技術を学ぶために、自分でハードウェアを開発したり配線したりする必要がない世界にまで至ったのです。
今は、エレクトロニクスに興味を持ち学ぶのに幸せな時代です。今回のお話はこれで終わりますが、この先を書くことができるのは皆さんです。そのために、ご自身のコンセプトを開発し続けてください。

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