信頼性の高いデジタル電源を実現するために最新の統合モジュールを利用
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2016-11-30
部品やソフトウェア制御のコストが減少したことにより、デジタル電源を利用して、非常に複雑な設計にまたがる複数の電圧を制御するという問題に対処するという傾向が定着してきました。 しかしながら、デジタル電源にも独自の問題があります。特に既存の設計に追加する場合に課題が生じます。 さらに、デジタル制御ではファームウェア開発の必要が加わります。これはデジタル設計者がかつて避けようとしてきたことです。
この記事では、まずデジタル電源制御の利点を短く説明し、次に2つのデジタル制御アプローチについて説明します。 その1つ目は「デジタルラッパ」アプローチで、これはアナログ電圧レギュレータに現在も依存するものです。 2つ目は完全なデジタル設計ソリューションです。 その後、最新のデジタル電源ICの特長を生かして、より過渡応答が早く、より帯域幅が大きく、全体的により性能が優れている、安定した電源供給を設計する方法について取り上げます。
アナログで問題はないのに、どうしてデジタルに移行するのか?
スイッチングDC/DCコンバータ(電圧レギュレータ)の設計においては、長い間アナログ技術が支配的でした。実装が比較的単純で安価だからです。 しかしアナログ設計にも弱点があります。特に制御ループ補償の扱いは厄介です。
その代替としては、デジタル設計があります。特にデジタル電源対応に必要な部品の価格、寸法、消費電力が低下したことで、デジタル設計は選びやすくなりました。 デジタル部品を使えば、設計者は回路の制御をより細かく調整できるようになり、過渡応答がより早まって効率性を最大化されます。
実際のところ、事情はもう少し複雑かもしれません。というのも、あるシリコンベンダによる「デジタル電源」の定義が、別のベンダによる定義と異なる場合があるのです。 あるサプライヤは、この技術を、電源管理バス(PMBus)プロトコルの機能と、「デジタルラッパ」ソリューションのアナログ制御ループを組み合わせたことによる機能的な利点を提供するデジタルインターフェースを備えた電源ソリューション、と定義します。 別のサプライヤでは、デジタル電源とは、マイクロプロセッサやデジタル信号プロセッサ(DSP)による完全なデジタル制御ループであると主張しています。
どちらの技術においても、それぞれの課題があります。デジタルラッパでは、制御ループ補償の問題が残ったままです。まずこの問題を無くしたかったのにという方もおられるかもしれません。一方、完全なデジタル制御ソリューションでは、その性質上、デジタル電源システムを完成させ動作させるまでに、設計者がかなりの量のコーディングを行う必要があるかもしれないということになります。 しかし、新世代のデジタル電源コントローラやモジュールにおいては、デジタルラッパと完全なデジタルソリューションの双方が抱える問題に対処できるでしょう。
デジタルラッパの追加
既存のアナログトポロジにデジタル電源を追加することには、数々の利点があります。 その中でも重要なのは、PMBusプロトコルを用いるシステム管理バス(SMBus)により容易となる双方向通信です。
PMBusは、デジタル通信バスによりパワー変換システムと通信するための標準プロトコルです。 PMBusはSMBusをベースにしています。なぜなら、SMBusは低帯域デバイスとの通信のために設計されましたが、PMBusは電源、部品、および充電式電池サブシステムなどの電源関連のチップのデジタル管理を対象としているからです。
SMBus自体は、Inter-Integrated Circuit(I²C)をベースとしています。これはもともとPhilipsにより設計されたシリアルのシングルエンドコンピュータバスで、低速の周辺機器をマザーボードやその他組み込みシステムに接続するために用いられます。 このような基盤を持つPMBusは、結果として比較的低速な2線式通信プロトコルとなっています。 ただし、PMBusはSMBusやI²Cと違い、単にユーザー定義によるコマンドを使用した通信法を詳述したものではなく、かなりの数の用途固有のコマンドを定義しています。
2005年3月、PMBus仕様のバージョン1.0が公開されました。 最近では、改訂版の仕様、バージョン1.3が公開されています。 このバージョンでは、高速通信を用いて遅延を減らすともに、プロセッサの電圧を静的および動的に制御するために用いる、専用のAdaptive Voltage Scaling(AVS)バスが追加されました。 この規格fvは、System Management Interface Forum(SM-IF)が所持しており、ロイヤリティフリーとなっています。
パワー変換にPMBus対応デバイスを用いると、従来のアナログ電源システムでは不可能だった柔軟性と制御が実現できます。 デジタル電源を用いて設計することにより、出力電圧の調整、電源シーケンシング、複数電圧レールの同期が、PMBusを介しホストコントローラによって簡単に管理できます(図1)。 (デジタル電源におけるPMBusについての詳細は、ライブラリの記事『PMBusを用いたデジタル電圧レギュレータの制御』をご覧ください。)

図1:PMBusプロトコルを用いる、SMBusを介した双方向通信では、複数の電源デバイスの構成、制御、監視ができます。 (ソース:Intersil)
さらに、SMBusとPMBusを用いると、電源管理システムに新たな電圧レールを容易に追加できます。 電源レールを追加するために、スタンドアロンの電源管理ICを再プログラムしたり追加したりする必要はありません。追加した電圧レールは、監視、シーケンシング、統合、障害検知のスキームと容易に統合できます。
デジタル方式で構成や制御ができるスイッチング電圧レギュレータは豊富に存在します。 たとえば、MicrochipのMIC24045はデジタルでプログラム可能で、入力範囲は4.5V~19V、複数の電圧レール用途に対応した5A同期降圧レギュレータです。 I2Cにより、出力電圧、スイッチング周波数、ソフトスタートスロープ、マージニング、電流制限値、遅延起動などのさまざまなパラメータがプログラム可能です。 さらにMIC24045では、I2Cインターフェースを通じて診断およびステータス情報を得られます。
SMBusおよびPMBusは適切に連携したアナログ電源にデジタル構成、制御、監視の利便性と柔軟性をもたらす一方、このデジタルラッパソリューションは完全なデジタル制御には劣るもので、デジタル制御による利点を完全には得られません。 バスに接続した各アナログデバイスは、それぞれがその制御ループに従って動作します。これによりデバイスの安定性や周波数応答が決定され、その結果として電源が負荷の急速な変化に対応する速度などの要素が決定されます。 (ライブラリの記事『スイッチングレギュレータの制御ループ応答を理解する』をご覧ください。)
しばしば設計者は、補償回路を追加することにより、安定性と周波数応答を向上させるために、アナログ電源制御ループを変更する必要に迫られます。 (ライブラリの記事『スイッチングレギュレータの周波数応答向上のため補償回路を設計する』をご覧ください。) これは、多くの経験が浅い電源設計者にとって背筋の凍るような仕事です。 しかし完全なデジタル制御ソリューションに移行すれば、こうした手間を避けることができるのです。
完全なデジタル電源の利点を最大化する
完全なデジタルソリューションを実装するには、SMBusおよびPMBusプロトコルにより利用できるデジタル構成、制御、監視を用いると共に、バスに接続する個々の電圧レギュレータにデジタル制御ループを実装します。
デジタル制御の原理はかなり単純です。 アナログレギュレータにおいては、制御ループは、実際の出力電圧と必要な出力電圧の誤差を比較することに基づきます。 デジタルレギュレータにおいては、A/Dコンバータ(ADC)がこの電圧誤差をデジタル値に変換します。 この変換精度はADCの分解能に依存しますが、分解能が控えめな製品であっても、おそらくその精度はアナログコンパレータによる測定より高くなるでしょう。 ADCの分解能が高いほど、電圧レギュレータをより高精度に制御できます。
ADCに加え、アナログデバイスの補償回路を置き換えるために、比例・積分・微分(PID)プロセッサが用いられます。 PIDプロセッサは、多くの閉ループ制御プロセッサで利用されている巧妙なデバイスです。 PIDプロセッサは、デジタルな電圧誤差の値を用いて、レギュレータのデジタルパルス幅変調器(PWM)チップにより生成されたパルス列のデューティサイクルを常時調整することにより、電圧レギュレータの出力を補正します。 また、PIDプロセッサは制御ループに関連するゲインや位相変化を補正する役割も果たします。これはアナログ電源において補償回路が果たしていた役割と同様です。
デジタルPWMは、アナログPMWと同じ可変幅駆動パルスを生成しますが、デジタルPWMでは矩形波の出力信号の、必要なオン/オフ期間を「計算」し、「タイミングを調整」することによりこれを行います。 これに対しアナログPWMは、特定のクロック遷移でオンをトリガし、特定の固定した電圧「ランプ」がプリセットしたトリップ電圧に達するとオフをトリガすることにより動作します。
ADCが比例・積分・微分(PID)プロセッサに出力する基準電圧と更新周波数の精度により、出力電圧の安定性と精度はアナログ電圧レギュレータと比べて著しく高まります。 図2は、アナログスイッチングレギュレータのブロック図と、デジタルをのそれとを比較したものです。
(デジタル電源制御のより詳細な説明については、ライブラリの記事『DC/DCレギュレータにおけるデジタル制御の増加』をご覧ください。)

図2:アナログスイッチング電圧レギュレータ(上図)では、デバイスが安定すると共に良好な帯域幅、位相余裕およびゲイン余裕を確保するため、しばしば込み入った補償回路を設計する必要があります。 デジタルアナログスイッチング電圧レギュレータ(下図)においては、PIDプロセッサがこれを行います。 (この図はDigi-KeyのScheme-it®を使用して作図されたものです)
デジタル制御の原理は単純に理解できるものですが、その技術を実装することは決して容易ではありません。もっとも、近年の技術進歩により、実装はかつてより容易となりました。 負荷の変化に対して迅速に対応するために安定化と良好な周波数応答を得る鍵は、PIDプロセッサが制御ループに命令する方法を決定するアルゴリズムに大きく依存します。
従来、デジタル制御ソリューションでは、汎用マイクロコントローラまたはDSPのサービスがPID処理機能を行う必要がありました。 残念ながら、こうしたデバイスは電源用に特化して設計されてはいないため、多くのソフトウェアコーディングとファームウェア設計が必要でした。 これはプロジェクトのスケジュールを延ばし、コストを押し上げるだけでなく、このために必要となるコーディング技術は多くのアナログ電源設計者が持つスキルをはるかに上回るものでした。
新たな電源モジュールによるコーディング上の課題の容易化
今日、いくつかのシリコーンベンダが「デジタル電源モジュール」を提供しています。 これは、デジタル構成がもたらす柔軟性と、SMBusおよびPMBusプロトコルの実装による制御および監視の利点を備えながら、さらに特化されたデジタル制御ループコマンドを持つ、特化型のデバイスです。 こうしたデバイスでは、汎用マイクロコントローラやDSPにおける妥協点がなくなり、コーディングの期間をを短縮することにより時間が節約できます。
Texas InstrumentsのUCD3138デジタル電源コントローラは、こうしたデバイスのよい一例です。 このチップが持つ性能の鍵は、デジタル制御ループ周辺機器です。 それぞれの周辺機器は、専用のエラーADC(EADC)、PIDベースの2極/2ゼロデジタル補償器、および250psのパルス幅解像度を出力するデジタルPWM(DPWM)により構成される高速デジタル制御ループを実装しています。 また、デバイスには最大14チャンネル、タイマ、割込み制御、PMBus、UART通信ポートを備えた12ビット、267kspsの汎用ADCが含まれています。 UCD3138はリアルタイム監視、周辺機器の構成、通信の管理を行う32ビットARM®マイクロコントローラをベースとしています。 3つの独立する制御ループに同時に命令する、独立して動作する3組の周辺機器が利用できます。
デジタル電源コントローラの動作効率を最大限に引き出すためには、接続したスイッチング電圧レギュレータに最適なPID係数を設定する必要があります。 デジタル補償器の設定は単純です。なぜなら、TIは特定の事前定義されたレジスタにビット値を割り当てることを制限しているからです。 UCD3138コントローラでは、複雑な数学的伝達関数を連続的に計算するための複雑なコード開発は不要です。
TIは、ネットワーク分析器を用いて初期電圧と電源回路の電流制御ループのボード線図を生成する方法を示した、アプリケーションレポート(リファレンス2参照)を作成しています。 2極/2ゼロデジタル補償器が必要な帯域幅、位相余裕およびゲイン余裕を電源に提供するまで、PID係数(図3)を変更できます。 いったんこれらの係数が決定すると、UDC3138コントローラにプログラムでき、UDC3138コントローラは接続したデバイスが常に最適な状態で動作するようにします。

図3:UCD3138コントローラのPID構成です。 入力係数が正しければ、デバイスは接続したスイッチング電圧レギュレータが最適に動作するようにします。 (ソース:Texas Instruments)
デジタル電源モジュールのもう1つの例は、Bel Power SolutionsのDM7803Gデジタル電源コントローラです。 DM7803Gは、最大32ポイントオブロード(POL)電圧レギュレータおよび4つの独立した電源デバイスを制御、管理、プログラム、監視するためにI2C通信バスインターフェースを用いる、完全にプログラム可能なデジタル電源マネージャです。 設計者にとっての鍵となるポイントの1つは、DM7803Gを使えばPOL電圧レギュレータの電源管理、プログラミング、監視のために外部コンポーネントを用いる必要がなくなるということです。
このデバイスは、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を通じて、接続したデバイスの動作パラメータでプログラムされます。 接続したデバイスごとに、出力電圧、電圧保護レベル、最適な電圧ポジショニング、ターンオンおよびターンオフ遅延、スルーレート、スイッチング周波数、インターリーブ(位相変化)をプログラムできます。 UCD3138コントローラと同様、いったんPID補償係数が決定すると、DM7803Gは接続するPOL電圧レギュレータのフィードバック補償ループもプログラムします。
上記で説明した製品は、コーディング不要または最小のコーディングで完全なデジタル電源ソリューションの基礎として仕様できますが、制御ループや補償回路についてある程度の知識がある方が、デジタル電源の利点を最大限に引き出す上で有利となります。
ただし、外部コンポーネントをなるべく削減することにより設計プロセスを早めたい設計者は、複数の完全に統合されたデジタル電源ソリューションも利用できます。
PWM制御、パワー段(MOSFET)、インダクタ、受動部品とPMBus対応のデジタル電源コントローラを統合した、これらの完全な電源ソリューションは、いくつかのベンダから入手できます。 これらデバイスの応用回路は単純で、モジュール自体と数個の入力および出力コンデンサから構成されます。
問題は価格です。こうしたデバイスはもっぱら非常にハイエンドな用途のためのもので、1個30~50ドルかかります。 典型的な用途は、計算、通信インフラ、産業用のASIC、FPGA、DSP、CPU、メモリなどのチップへの給電です。
こうしたデジタル電源モジュールの1例が、IntersilのISL8271Mです。 この電圧レギュレータモジュールは、4.5~14Vの入力電圧を受け付け、33Aで0.6V~5Vの出力を96%の効率で生成します。 Intersilの仕様では、このデバイスは1クロックサイクル以内に過渡荷重の変化に応答できます。
図4はこのデバイスの応用回路と寸法を示しています。 デジタル電源モジュールでは、PMBus準拠のI2C通信インターフェースにより、マージニング、電流制限、ソフトスタート、フォールトリミットなどのパラメータを高度にプログラム可能です。 また、PMBusは、電圧、電流、温度およびフォールト状態を監視するためにも使用できます。 これは完全に統合されたデジタル電源なので、制御ループ補償は出荷時に設定されています。 このチップはスタンドアロン電源、またはすべてのチップがSMBusおよびPMBusプロトコルによりリンクされたマルチレギュレータシステムの一部として使用できます。

図4:IntersilのISL8721Mは、高度に統合されたデジタル電源モジュールで、たった数個の受動部品を追加するだけで、完全なデジタル電源ソリューションを実現できます。 (ソース:Intersil)
結論
アナログ電源は、単純、安価、堅牢なソリューションを提供するので、今後も利用され続けるでしょう。 制御ループ補償の技術についてある程度の知識を持っていれば有利ですが、数多くあるモジュール式スイッチング電圧コンバータ製品の設計のうちの1つをベースとし、メーカーの基準回路に従えば、ある程度動作するソリューションができるでしょう。
他方、産業コンピュータ、テレコミュニケーション、無線通信システムなどの、複数のパワーラインと電圧が求められるより複雑な用途においては、アナログソリューションはすぐに柔軟性がなく扱いづらいものとなります。 可能なケースにおいては、アナログ電圧レギュレータをデジタル制御すると、こうしたシステムの設計が単純になり、製品の開発サイクルにおいて後で電圧ラインを追加することが容易になります。
デジタルスーパバイザがバスに接続した電源を構成、制御、監視するだけでなく、制御ループ補償も行う完全なデジタル設計においては、複雑な電源システムの設計がさらに容易となります。ただし、コストは上昇するのですが。
とは言え、デジタル電源管理コンポーネントの価格は下がり続けています。 さらに今や、完全に機能する電源を作成するために外部コンデンサを数個足せば済む、完全に統合された電源モジュールが市販されるほど、統合のレベルは上がりました。 こうした傾向は今後も続き、おそらくデジタル技術はやがてアナログ技術をしのぐことになるでしょう。
リファレンス:
- 『デジタル電源モジュール利用の利点』Intersil、2014年。
- 『UCD3138のPFCチューニング』ボシェン・サン、ツォン・イー、アプリケーションレポートSLUA709、Texas Instruments、2014年3月。
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