高精度アセットトラッキングおよび屋内位置決めにおけるBluetooth 5.1対応プラットフォームの使用 - 第1部
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2019-07-25
編集者の注釈:この2部シリーズの第1部では、Bluetooth Low Energyファームウェアに加わったBluetooth 5.1 Direction Finding機能について説明します。この機能により、設計者は到来角(AoA)と離脱角(AoD)に基づいたアセットトラッキングおよび屋内位置決めシステム(IPS)などの位置情報アプリケーションを開発できるようになります。次に、この新機能を実行するのに最適なプラットフォームを紹介します。第2部では、Bluetooth 5.1 Direction Findingに基づくアプリケーションの開発方法と、これらのプラットフォームの開始方法を説明します。
物流会社はリアルタイムでアセットを追跡することによりサプライチェーン効率を向上させようとしています。また、多くの企業がスタッフおよび顧客の動きをモニタリングすることにより生産性の向上を目指しています。このことから、位置情報サービスの需要が高まっています。Bluetoothの受信信号強度インジケータ(RSSI)は既知の固定地点からの距離を推定するために使用できますが、多くの場合、この技術の精度は屋内位置決めシステム(IPS)およびアセットトラッキングなどのアプリケーションには不十分です。ただし、Bluetooth仕様のアップデートにより精度の向上が図られています。
具体的には、Bluetoothコア仕様(v5.1)(「Bluetooth 5.1 Direction Finding」として販売)の最新バージョンに、到来角(AoA)および離脱角(AoD)による方向検出機能が追加されました。この機能により、開発者は2次元または3次元においてBluetoothトランスミッタの正確な位置をより簡単に特定できるようになります。
2部シリーズの第1部であるこの記事では、AoAおよびAoDについて説明します。さらに、強化されたBluetoothコア仕様がそれらの技術の実装にどのように役立つかを説明します。そのあとに、方向検出アプリケーションを実装可能なプラットフォームを紹介します。
RF方向検出技術
RSSIに基づく無線周波数(RF)方向検出では、信号強度に基づいて距離近似値を割り出します。異なる地点から複数の距離測定を実行することにより、精度を向上させることができます。RSSIの主な利点は、デバイスごとに1つのアンテナしか必要としないことです。これにより、アンテナアレイの複雑さ、コスト、およびサイズを低減できます。欠点は、精度に欠けることです。この技術は、3~5mの精度しか備えていません。
2つ目の一般的な方向検出技術として知られているのが、到着時間(ToA)です。これは、ある単一トランスミッタから、離れたところにある単一レシーバまでの無線信号の移動時間のことです。この手法でも、やはりデバイスごとに1つのアンテナしか必要としません。ただし、各デバイスに高精度の同期クロックを搭載しなければならないのが欠点です。ToAシステムの位置精度は1mに達します。
Bluetooth 5.1仕様のリリースに伴い、Bluetooth Special Interest Group(SIG)では、AoAおよびAoDに基づいた第3の方向検出技術をサポートすることにしました。
AoAでは、受信デバイスは個別オブジェクトの到来角をトラッキングします。AoDでは、受信デバイスは複数のビーコンからの角度とその位置を使用して、空間内の自身の位置を計算します(図1)。
図1:AoAによる方向検出方法(左)では、アセットは信号の到来角を測定するAoAロケータに位置情報を送信(TX)します。AoDによる方法(右)では、モバイルデバイスがビーコン信号を受信(RX)して位置を計算する間に、ビーコンがAoD情報を送信します。どちらの場合でも、トランスミッタの方向を計算するための計算能力が必要なのは受信デバイスです。(画像提供:Silicon Labs)
Bluetooth 5.1に方向検出機能を含めるという決定が下された理由のひとつに、Bluetooth Low Energy(BLE)製品において独自のAoAおよびAoDソリューションを既に提供している一部の積極的な企業の影響があります。Bluetooth 5.1では、コア仕様にアップデートが適用され、BLEパケットからの「IQ」信号データ(同相および直交位相情報)をより簡単に抽出できます。これにより、開発者はRF方向検出を活用しやすくなります。これは、開発者が位置情報サービスアプリケーションを実装する場合にも役立ちます。
たとえば、AoAによる方法は送信BLEトランシーバをトラッキングするのに適しています。単一のアンテナを使用して、トランシーバは複数アンテナを備えた「ロケータ」が受信した方向検出対応パケットを送信します。ロケータはアレイ内のアクティブなアンテナ間を切り替えながら、信号パケットからのIQデータをサンプリングします。これにより、アレイ内の各アンテナから単一送信アンテナまでの距離差に基づく信号の位相差を検出します。次に、位置決めエンジンが位相差情報を使用して、信号を受信した角度、つまりトランスミッタの方向を特定します(図2)。
図2:各アンテナでの信号位相(θ)、波長(λ)、および隣接するアンテナ間の距離(d)が分かれば、無線信号の到来角を計算できます。(画像提供:Bluetooth SIG)
2つ以上のロケータから計算された信号方向を組み合わせることにより、トランスミッタの位置を正確に特定できます(図3)。
図3:2つの固定ロケータの信号を使用してAoAを計算することにより、送信アセットの位置を3次元で計算できます。ロケータの絶対座標が分かれば、送信アセットの絶対座標も計算できます。(画像提供:Silicon Labs)
AoDによる方法では、状況は正反対です。このシナリオでは、アンテナアレイを備えたデバイスが各アンテナを介して信号を送信します。アレイ内のアンテナの各信号パケットがレシーバの単一アンテナに到達すると、トランスミッタからの移動距離の差により、以前の信号から位相シフトされます(図4)。
図4:AoDによる方法では、アレイ内のアンテナからの各信号パケットがレシーバの単一アンテナに到達すると、トランスミッタからの移動距離の差により、以前の信号から位相シフトされます。(画像提供:Bluetooth SIG)
受信デバイスのアンテナは信号パケットからIQサンプルを取得し、位置決めエンジンへ転送します。位置決めエンジンはそのデータを使用して、信号を受信した角度、つまりトランスミッタの方向を特定します。このシステムは、たとえばトランスミッタが固定基準点、レシーバが消費者のスマートフォンである屋内ナビゲーションなどのアプリケーションに適しています。
Bluetooth 5.1へのアップデート
Bluetooth 5.1では、RFソフトウェアプロトコル(または「スタック」)への変更、およびチップメーカーに応じたハードウェア(無線)強化が必要です。プロトコルの変更ではまず、方向検出に使用されるBluetoothパケットに連続トーン拡張(CTE)が追加されます。(標準BLE通信に使用できるよう、パケットのそれ以外の点は変更されません。)
CTEは、16~160マイクロ秒(µs)間、Bluetooth搬送周波数+250kHz(BLEの高スループットモードの使用時は+500kHzの場合もあり)で送信される純粋な(すなわち非変調)トーンです。このトーンは、「1秒」の「ホワイトニングされていない」シーケンスで構成されており、変調の妨害効果なしでレシーバがIQデータを抽出できるほど十分に長く伝送されます。CTE信号は最後に伝送されるため、パケットの巡回冗長検査(CRC)は影響を受けません。
また、仕様に追加された2つ目の重要な要素によって、開発者はプロトコルをより簡単に設定して、IQサンプリングを実行できるようになります。この設定には、位置推定の精度にとって重要なサンプルタイミングおよびアンテナ切り替えの設定が含まれます。
さまざまなIQサンプリングのタイミング設定を採用できますが、一般的に1つのIQサンプルは各アンテナのリファレンス期間内で1または2µsごとに記録され、その結果はBLE SoCのランダムアクセスメモリ(RAM)に記録されます。アレイ内の異なるアンテナによりサンプリングされる際に、受信信号の位相がどのように変化するかがわかります(図5)。[1]
図5:単一トランスミッタからの信号は、ソースからの距離が異なるアンテナに到着すると異なる位相を示します。(画像提供:Bluetooth SIG)
IQサンプルの記録は、位置情報サービスアプリケーション構築における最初の段階です。タスクを完了するには、開発者はアプリケーションで使用されるロケータおよびビーコンに最適なアンテナアレイを設計または選択し、方向検出計算を実行するのに必要な複雑なアルゴリズムを理解する必要があります。
信号方向の計算
一般的に、方向検出のアンテナアレイは、等間隔線形アレイ(ULA)、等間隔長方形アレイ(URA)、等間隔円形アレイ(UCA)という3つのアレイタイプに分類されます。名前が示すように、線形アレイは1次元ですが、長方形および円形アレイは2次元です。ULAは設計と実装が最も簡単ですが、追跡されたデバイスが同一平面で常に動作すると仮定することにより、アジマス角しか計算できない点が短所です。それ以外の場合は、精度が損なわれます。URAおよびUCAはアジマス角および仰角の両方を確実に測定できます(図6)。
図6:AoAおよびAoD方向検出技術には、線形、長方形、および円形を含む一般的な形式のアンテナアレイが必要です。アレイの各タイプは仰角およびアジマス角に関する情報を取得できますが、長方形および円形タイプはより信頼性の高いアジマスデータを提供します。(画像提供:Silicon Labs)
方向検出用のアンテナアレイの設計は決して簡単ではありません。たとえば、アンテナがアレイ内に配置されている場合、相互カップリングにより互いの応答を妨害してしまいます。そのような効果に対処するため、多くの場合、推定アルゴリズムに定義済みのアレイ応答が必要になります。たとえば、ある一般的な商用アルゴリズムは、アレイが2つの同一サブアレイで形成されていると数学的に仮定します。幸いにも、アンテナの専門知識を持たない人向けに、定義済み特性を備えた商用アンテナアレイ製品が市販されています。
効果的なアンテナアレイにより、正確なIQサンプルが確実に収集されます。ただし、生データは信号方向を特定するのに不十分です。マルチパス受信、信号の極性化と伝播遅延、ノイズ、およびジッタを考慮に入れて、データを処理する必要があります。
RF方向検出は新しい分野ではないため、実世界のアプリケーションで取得したIQサンプルに基づいて到来角を推定するための数学的手法がいくつか確立されています。問題の定義(たとえば、受信アレイに到達する放出(狭帯域)信号の到来角の推定(離脱角の計算も同様))は単純ですが、その問題を解くために必要な演算はそれほど単純ではありません。
簡単に説明すると、アレイ内の各アンテナにIQサンプルのデータセットがある場合、商用アルゴリズムは次の式に基づいて最初にデータベクトル「x」を計算します(信号は位相シフトされ、正弦波(狭帯域)信号としてスケーリングされていると仮定します)。
式1
「a」はアンテナアレイの数学的モデル(「ステアリングベクトル」)、
「s」は着信信号、「n」は雑音項です。
Xは、次の数式を使用するIQサンプルの共分散行列「Rxx」を生成するのに使用されます。
式2
このサンプル共分散行列は、主な推定装置アルゴリズムの入力に使用されます。周波数推定および無線方向検出において最も一般的で実績のあるアルゴリズムの1つは、MUltiple SIgnal Classification(MUSIC)です。技術的に言うと、MUSICは信号およびノイズ部分空間のプロパティに基づくAoAの推定において、固有ベクトルの分解および共分散行列の固有値を使用します。
採用された数式は次のとおりです。
式3
「A」は固有値を含む対角行列で、「V」は対応する固有ベクトルを含む行列です。
Vが絶縁されると、疑似スペクトルを生成する数式で使用できます。そのピークは受信した信号の到来角度で発生します(式4)。
式4
結果として生じるスペクトルは以下の形を取ります。そのピークは伝送された信号が到来する方向から発生します(図7)。[2]
図7:MUSICアルゴリズムは、IQサンプルを使用してパワー疑似スペクトルを生成します。そのピークにより送信デバイスの位置を特定できます。この例は、送信デバイスが50度のアジマス角および45度の仰角で配置された2次元の疑似スペクトルを示しています。(画像提供:Silicon Labs)
方向検出アルゴリズムの実行は、計算集約的であり、大量のRAMおよびフラッシュメモリ容量を必要とします。
適切なリソースを備えた商用Bluetooth 5.1製品がすでに市販されています。たとえば、Dialog Semiconductorは、位置情報サービスアプリケーション向けにDA14691 Bluetooth 5 LE SoCを提供しています。Arm® Cortex®-M33マイクロプロセッサによって駆動するこのチップは、512KバイトのRAMを搭載しています。Silicon Labsは、EFR32BG13 BLE SoC用のBluetooth 5.1スタックを発売しました。このチップは、Arm Cortex-M4マイクロプロセッサを使用し、64KバイトのRAMと512Kバイトのフラッシュを搭載しています。
Nordic Semiconductorは、さらに1歩進んで、nRF52811という新しい「方向検出」ハードウェアを発売しました。このBLE SoCは、Bluetooth 5.1と互換性があり、NordicのハイエンドnRF52840ワイヤレスSoCのマルチプロトコル無線を組み合わせたArm Cortex M4マイクロプロセッサを内蔵しています。このチップには、192Kバイトのフラッシュと24KバイトのRAMが搭載されています。
この記事の第2部では、これらのSoCやスタック(さらに、アンテナアレイ、コンパニオンマイクロプロセッサ、関連メモリ、および「位置情報エンジン」ファームウェアなどのその他のコンポーネント)に基づいて開発プラットフォームを使用して、アセットトラッキングやIPSなどの実用的な位置情報サービスを実装する方法を説明します。
まとめ
Bluetooth 5.1で採用されたコア仕様が最近強化されたことにより、IQデータへのアクセスがより簡単になりました。このデータを使って、Bluetooth無線伝送のAoAまたはAoDを計算するRF方向検出アルゴリズムをフィードしたのち、この情報を使用して、2次元または3次元でトランスミッタの位置を推定することができます。
このアルゴリズムは、アセットトラッキングやIPSなどの実用的な位置情報サービスアプリケーションの基礎として使用できます。ただし、その精度は適切に設計されたアンテナアレイ、実績のあるRF方向検出アルゴリズム、および複雑な計算を実行するのに十分なプロセッサ/メモリリソースに依存しています。
このシリーズの第2部で紹介するように、開発は依然として決して簡単ではないものの、商用Bluetooth 5.1 Direction Findingプラットフォーム、アンテナアレイ、および位置情報エンジンファームウェアのおかげで、設計者はセンチメートル精度の位置情報サービスアプリケーションの構築を容易に開始できるようになります。
出典
- 『Bluetooth Direction Finding: A Technical Overview(Bluetooth Direction Findingの技術概要)』、マーティン・ウーリー氏、Bluetooth SIG、2019年3月。
- 『Understanding Advanced Bluetooth Angle Estimation Techniques for Real-Time Locationing(リアルタイムロケーショニングにおける高度なBluetooth角度推定技術を理解する)』、サウリ・レフティマキ氏、Silicon Labs、2018年
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