スマートホームの自動化の島をつなぐMatterの活用法

著者 Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

ワイヤレススマートホームオートメーションデバイスの設計者は、広範な相互運用性の欠如がワイヤレススマートホームエコシステムの成長を妨げているという課題に直面しています。たとえば、Amazon Alexa、Apple HomeKit、Googleアシスタントなどのデバイスは現在、それぞれ独自の自動化の島で動作しています。Ethernet、Thread、Insteon、SmartThings、Wi-Fi、Z-WaveなどのワイヤレスIoTプロトコルも、程度の差こそあれ同様です。

マルチプロトコルデバイスを設計すれば解決できる可能性がありますが、複雑な設計が必要なため、開発工程が長くなり、デバイスのコストが高くなります。また、マルチプロトコルのデバイスは、スマートホームの自動化の島を部分的に結ぶだけであり、さまざまなプロトコルがユーザーのセキュリティとプライバシーを実装するための異なるアプローチを持っているため、設計と実装がさらに複雑になります。

設計者はこれらの問題に対処するため、Connectivity Standards AllianceのMatter 1.0仕様を利用して自動化の島を接続し、スマートホームIoTネットワークの実用性を向上させることができます。また、Matterソフトウェアスイートは、新しいデバイスのコミッショニングを簡素化し、包括的なセキュリティとプライバシーを提供するように設計されています。

この記事では、まずZigbee AllianceのConnected Home over IP(CHIP)プロジェクトとしてのMatterの起源と、Connectivity Standards Alliance(CSA)における現在の位置づけへの進化について簡単に説明します。そして、Ethernet、Wi-Fi、Bluetooth、Threadなどのプロトコルの上に存在するMatterのアプリケーション層ソフトウェアスタックを確認します。さらに、Matterのセキュリティやプライバシーツールについても検証します。最後に、Matterを使用した相互運用可能なワイヤレススマートホームデバイスの設計を加速させることができるNXP Semiconductorsの評価キットと開発ボード、および関連するマイクロコントローラ(MCU)を紹介します。

CHIPを起源とするMatter

一般的なスマートホームでは、20以上のプロトコルを使用する100以上のIoTデバイスが存在し、さまざまな自動化の島が孤立して動作する、連携が困難なネットワークを形成しています(図1)。CHIPプロジェクトは、共通のソフトウェアスイートを開発して自動化の島をつなぐことを目的として、Zigbee Allianceが2019年12月に立ち上げたプロジェクトです。CHIPはアライアンスの主要な焦点となり、アライアンスはCSAと名称を変え、CHIPプロジェクトはMatterと改名されました。Matterは、インターネットプロトコル(IP)をベースに、ロイヤリティフリーのオープンソースソフトウェア仕様として提供されています。Matterを使用するための知的財産権を取得するには、CSAおよびMatterワーキンググループへの入会が必要です。また、Matterプロジェクトでは、認証要件を定義し、独立した試験機関を設立しているため、デバイスが準拠していることを確認することができます。

100以上のIoTデバイスが存在する可能性がある一般的なスマートホームの図図1:一般的なスマートホームでは、20種類以上のプロトコルを使用する100以上のIoTデバイスが存在し、自動化の島が多数存在する可能性があります。(画像提供:NXP)

Matterの配置

MatterはIPレイヤの上に構築され、Ethernet、Thread、Wi-FiなどのIPベースのネットワークと通信するための共通言語としてIPレイヤを使用します。IPv6を利用することで、トランスレータを必要とせずにデバイスと通信することができます。Matterは、デバイスのアプリケーションレイヤの下および、伝送制御プロトコル(TCP)レイヤの上に位置し、TCPレイヤを介して通信スタックのIPレイヤとリンクします。Matterは、アプリケーションレイヤの下に、データモデル、インタラクションモデル、アクションフレームワーク、セキュリティ、メッセージフレームワークとルーティング、IPフレームワークとトランスポート管理の6つの機能レイヤで構成される、相互運用性の高いアプリケーションレイヤソリューションです。トランスポート管理レイヤは、個々のプロトコルのリンクを処理します。Matterは、初期リリースでは、Ethernet、Thread、Bluetooth Low Energy(BLE)、Wi-Fiをサポートしています。すでにネットワークコネクティビティの拡張も進んでいます(図2)。

IPv6を使用してWi-Fi、Thread、BLE、Ethernetデバイスと通信するMatterの画像。図2:Matterは、IPv6を使用してWi-Fi、Thread、BLE、Ethernetデバイスと通信するため、専用のトランスレータが不要になります。(画像提供:NXP)

安全な運用を確保することは、Matterの展開において重要な要素です。Matterは、認証コードと暗号化を組み合わせて、メッセージの機密性と正確性を維持し、データソースを認証します。セキュリティには、128ビットAdvanced Encryption Standard(AES)暗号ブロックチェーン(CBC)を採用した、AES 128 cipher block chaining message authentication code(CCM)暗号化を使用しています。さらに、個々のデバイスに最適なレベルのセキュリティとプライバシーを提供するために、多層防御の原則を採用しています。レイヤアプローチは、リソースの利用を最適化し、通信の可用性、完全性、機密性を保証します。

Matterネットワークの構造

MatterはCSAによって管理され、Apache 2.0の下でライセンスされています。CSAは、会員が独自のMatter対応デバイスの開発をサポートするために使用できる標準的な実装やアプリケーションのライブラリも管理しています。セキュリティとユーザーのプライバシーは、Matterの主要な焦点であり、ライブラリはMatterデバイス全体のセキュリティの実装において統一性を保証します。ハードウェアとしては、エンドノード、エッジノード、ゲートウェイ(コントローラとも呼ばれる)、ブリッジ、ボーダールータなどがあります。ゲートウェイとボーダールータの両方が「ハブ」と呼ばれることがあるため、混乱する場合があります(図3)。デバイスに疑問点がある場合は、「ハブ」の具体的な機能を明確にすることが最善の方法です。

ゲートウェイ、ブリッジ、ボーダールータを含むMatterネットワークの図図3:Matterネットワークには、ゲートウェイ、ブリッジ、ボーダールータがあり、異なるローカルネットワーク間の接続とインターネットへの接続を提供します。(画像提供:NXP)

  • ゲートウェイ - Matterゲートウェイは、インターネットへの接続を提供することにより、Matterデバイスへのリモートアクセスをサポートします。SmartThings、Amazon、Googleのスマートホームハブなど、一部の既存デバイスは、ソフトウェアアップデートでMatterゲートウェイにすることができます。Matterは、クラウド接続やリモートコントロールなど、メーカーが提供する通信機能と共存できる仕様になっているため、それらのデバイスはMatterネットワークの一部として動作している場合でも、既存の通信機能を利用することができます。
  • ブリッジ - Matterブリッジは、Matterネットワークと近くのワイヤレスネットワークを接続するために使用されます。Matterに対応していないデバイスでも、ブリッジを介することでMatterネットワークとシームレスに動作させることができます。また、ブリッジにより、Matterと互換性のないノードやネットワークを、Matterの大規模なネットワーク構造に容易に統合できるため、Matterの普及が加速することが期待されます。既存のデバイスの中には、アップデートすることでMatterに対応するものもあり、ブリッジを介さずに直接Matterネットワークに統合することが可能です。
  • ボーダールータ - ボーダールータは、モーションセンサ、ドアセンサ、窓センサなどのデバイスとThreadネットワークをMatterネットワークに統合するために特別設計されています。Threadは、IEEE 802.15.4の物理レイヤ(PHY)上で動作する低消費電力のワイヤレスIPプロトコルです。802.15.4はWi-Fiと互換性がないため、デバイスをアップデートしてボーダールータにすることがより複雑になります。それが変わります。NXPなどのメーカーは、Wi-Fi 6、Bluetooth 5.2、802.15.4のサポートを組み合わせたデバイスを発表しており、ボーダールータやその他のMatterデバイスの設計が簡素化されます。ボーダールータの中には、ネットワークをつなぐだけでなく、スマートホームを制御するためのインターフェースを持つものもあります。

Matterネットワークエレメントの設計

Matterネットワークの構築には、センサやアクチュエータなどのエンドノード、スマート照明、スマートロック、暖房・換気・空調(HVAC)コントロールなどのエッジノード、そしてそれらをつなぐゲートウェイ、ボーダールータ、ブリッジなど、さまざまなタイプのデバイスが必要となります。NXPは、あらゆるタイプのMatterネットワークエレメントに対応した開発ハードウェアを取り揃え、さらにMatterプラットフォームのサポートやアプリケーション例など、開発プロセスを加速するための豊富な資料をGitHub上で提供しています(表1)。

Matterプラットフォーム アーキテクチャ コンポーネント ワイヤレスコネクティビティ 開発ハードウェア
エンドノード スタンドアロン K32W0x WMCU Thread、Bluetooth Low Energy IOTZTB-DK006
エッジノード MCU(RTOS)ホスト i.MX RT1070 MCU
K32W0x WMCU
EdgeLockセキュアエレメント
Wi-Fiおよび/またはThread、Bluetooth Low Energy MIMXRT1070-EVK
IOTZTB-DK006
OM-A5000ARD
ゲートウェイボーダールータブリッジ MPU(Linux)ホスト i.MX 8M Mini Linux
K32W0x WMCU
W8987 SoC
EdgeLock セキュアエレメント
Wi-Fiおよび/またはThread、Bluetooth Low Energy 8MMINILPD4-EBKB
(W8987モジュールを含む)
IOTZTB-DK006
OM-A5000ARD

表1:NXPが提供するMatterプラットフォーム向け開発環境の一例。(表提供:NXP、筆者修正)

エンドノード

エンドノードMatterプラットフォームの開発者は、K32W041AZなどのK32W0x MCUプラットフォームを使用して、IOTZTB-DK06開発環境を活用することができます(図4)。この環境には、スタンドアロンのエンドノードを作成するのに必要なハードウェアとソフトウェアおよび、コントロールブリッジ、スイッチノード、ライト/センサノードの3つのユニットで構成されるデモンストレーション用ネットワークが含まれます。

K32W041AZ MCUは、Arm® Cortex®-M4 MCUと640キロバイトのオンボードフラッシュメモリ、152キロバイトのスタティックランダムアクセスメモリ(SRAM)で専用設計されており、次世代の超低電流マルチプロトコルワイヤレスデバイスの電源として、BLE 5.0およびZigbee 3.0/Thread/IEEE 802.15.4に対応しています。これらのMCUは超低送受信電力に加え、外部メモリなしで複雑なアプリケーションやOver-The-Air(OTA)アップデートをサポートします。

NXP SemiconductorのIOTZTB-DK06プラットフォームの画像図4:IOTZTB-DK06プラットフォームには、スイッチノード(左)、コントロールブリッジ(中央)、ライト/センサノード(右)が含まれます。(画像提供:NXP)

エッジノード

i.MX RT1170 EVKは、Matterエッジノードのための統合開発プラットフォームを提供します。この評価キットは、電磁両立性(EMC)性能を高めるためにスルーホール部品を使用した6層プリント基板上に構築されており、開発プロジェクトを迅速に進めるための主要部品とインターフェースが含まれています(図5)。MIMXRT1176CVM8Aを含むi.MX RT1170 Crossover MCUファミリをベースにしており、上記のIOTZTB-DK06と組み合わせることが可能です。デュアルコアのi.MX RT1170は、Cortex-M7コアが1GHzで、Arm Cortex-M4が400MHzで動作します。また、以下の高度なセキュリティ機能をサポートしています。

  • セキュアなブート
  • インライン暗号化エンジン(IEE)
  • オンザフライAES復号化(OTFAD)
  • 高性能暗号技術
  • アクティブおよびパッシブタンパ検知

Matterエッジノードデバイスの開発に利用できるNXP i.MX RT1170 EVKの画像。図5:i.MX RT1170 EVKは、Matterエッジノードデバイスの開発に利用できます。(画像提供:NXP)

また、MIMXRT1170-EVKは、Arduino開発キット「OM-A5000ARD」と組み合わせることで、セキュリティの実装が可能になります。このArduino開発キットは、ICレベルでルートオブトラストを含みすぐに使えるセキュアなIoT認証装置であるA5000をベースにしています。A5000は、重要な通信と認証のセキュリティのために、資格情報を安全に保存およびプロビジョニングし、暗号化操作を実行することができます。デバイス間の認証、パブリック/プライベートクラウドへのセキュアな接続、偽造防止など、さまざまなIoTセキュリティのユースケースでの利用を想定して設計されています。セキュリティソリューションの迅速な開発をサポートするため、A5000にはアプリケーション認証とセキュリティのためのソフトウェアがプリインストールされています。

ゲートウェイ、ボーダールータ、ブリッジ

ゲートウェイ、ボーダールータ、ブリッジなど、より複雑な設計が必要な場合は、i.MX 8M Mini EVKBを利用することができます。この評価ボードは、NXPのMIMX8MM5CVTKZAAなどのi.MX 8M Miniアプリケーションプロセッサファミリをサポートしています(図6)。

NXPのi.MX 8M Mini EVKBの画像図6:i.MX 8M Mini EVKBは、Matterゲートウェイ、ボーダールータ、ブリッジの開発をサポートします。(画像提供:NXP)

i.MX 8M Miniアプリケーションプロセッサは、システム接続性とメモリインターフェースの柔軟性という点で幅広い機能を備えており、メディアリッチなコンシューマアプリケーションや組み込み型産業アプリケーションおよび、電力効率と高性能が求められるメディアリッチではない汎用アプリケーションのいずれにも適しています。

8MMINILPD4-EVKB評価ボードは、上記のIOTZTB-DK006、OM-A5000ARDと一緒に使用することができます。K32W061アップグレードボードとUSBドングルを追加することで、マルチプロトコルアプリケーションのテストや開発用に小型でワイヤレスのMatterネットワークを迅速に構築することができます。

まとめ

相互運用性は、ベンダー、プラットフォーム、エコシステムに関係なく、IoTデバイスのエンドユーザーにとって非常に重要です。Matterは、オープンソースソフトウェア仕様で、スマートホーム環境における多くの自動化の島をつなぐために特別設計されており、セキュリティとプライバシーも確保されています。上記のように、Matterネットワークは、エンドノード、エッジノード、ゲートウェイ、ボーダールータ、ブリッジなど、さまざまなデバイスで構築されます。設計を迅速に開始したい設計者のために、NXPはあらゆるMatterデバイスに対応するソフトウェアおよびハードウェア開発プラットフォームの幅広いラインナップを提供しています。

お勧めの記事

  1. 常時接続の音声インターフェース設計における消費電力の削減方法
DigiKey logo

免責条項:このウェブサイト上で、さまざまな著者および/またはフォーラム参加者によって表明された意見、信念や視点は、DigiKeyの意見、信念および視点またはDigiKeyの公式な方針を必ずしも反映するものではありません。

著者について

Image of Jeff Shepard

Jeff Shepard(ジェフ・シェパード)氏

ジェフ氏は、パワーエレクトロニクス、電子部品、その他の技術トピックについて30年以上にわたり執筆活動を続けています。彼は当初、EETimes誌のシニアエディターとしてパワーエレクトロニクスについて執筆を始めました。その後、パワーエレクトロニクスの設計雑誌であるPowertechniquesを立ち上げ、その後、世界的なパワーエレクトロニクスの研究グループ兼出版社であるDarnell Groupを設立しました。Darnell Groupは、数々の活動のひとつとしてPowerPulse.netを立ち上げましたが、これはパワーエレクトロニクスを専門とするグローバルなエンジニアリングコミュニティで、毎日のニュースを提供しました。また彼は、教育出版社Prentice HallのReston部門から発行されたスイッチモード電源の教科書『Power Supplies』の著者でもあります。

ジェフはまた、後にComputer Products社に買収された高ワット数のスイッチング電源のメーカーであるJeta Power Systems社を共同創設しました。ジェフは発明家でもあり、熱環境発電と光学メタマテリアルの分野で17の米国特許を取得しています。このように彼は、パワーエレクトロニクスの世界的トレンドに関する業界の情報源であり、あちこちで頻繁に講演を行っています。彼は、定量的研究と数学でカリフォルニア大学から修士号を取得しています。

出版者について

DigiKeyの北米担当編集者