アンテナまたはトランスデューサの送受信モード切り換えを迅速かつ安全に行う方法
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2020-02-12
携帯電話および衛星通信インフラのみならず音響測距デバイス(レーダ、ソナー、核磁気共鳴(NMR)、超音波測距など)の設計者は、多くの理由からしばしば共通のアンテナまたはトランスデューサを高出力送信機と高感度受信機の両方に接続しなければならない状況に置かれます。このため、アンテナまたはトランスデューサを2つのデバイス間で切り換え、それと同時に、高出力送信機によって高感度受信機の部品が損傷を受けるのを防ぐために両者間で十分に減衰させる方法が必要です。加えて、共有のアンテナまたはトランスデューサへの切り換えは、RFまたは超音波エコーを受信して測定を行えるだけの受信機側時間を確保するため、送信後迅速に行う必要があります。
これを実現するには、送受信(T/R、Trasmit/Receive)スイッチ(デュプレクサとも言う)が検討対象になります。これらのデバイスは、送信機と受信機の間でアンテナまたはトランスデューサを迅速に切り換え、かつT/R経路間に必要なアイソレーションを実現するように設計されています。T/Rスイッチはまた、送信信号の減衰を防ぐために挿入損失が小さく、信号の反射および損失を防ぐため一定の特性インピーダンスを維持しつつ送信電力に対処します。しかしそれらを効果的に使うには、まずそれらの動作と重要な特性を理解する必要があります。
T/Rスイッチの実装に使える技術は複数あります。この記事では、2つの主要なタイプであるRFサーキュレータおよびPINダイオードスイッチと、電圧に敏感なアプリケーションで使われるタイプについて見ていきます。
それぞれの技術について、Skyworks Solutions社とMicrochip Technology社のデバイスを例に使用した特定アプリケーションを説明します。
送受信スイッチの働き
基本的な送受信(T/R)スイッチは、共通のアンテナ(RFアプリケーションの場合)またはトランスデューサ(超音波アプリケーションの場合)の接続を送信機と受信機の間で切り換えます(図1)。
図1:基本的なT/Rスイッチは、共通のアンテナまたはトランスデューサを送信機か受信機に接続する単極双投のスイッチ。(画像提供:DigiKey)
このスイッチは一般に単一の送信機および受信機のための単純な単極双投(SPDT、Single Pole, Double Throw)の構成です。複数の多送信機および受信機からなるトポロジの場合、スイッチの構成に追加の極が加わります。この基本構成の場合、重要な設計目標要件は以下の4つです。
- 第1に、スイッチの定格電力は、スイッチが損傷を受けることなく送信機出力を扱うのに十分であること。
- 第2に、送信機とアンテナの間での損失は可能な限り小さくすること。
- 第3の要件は、スイッチが受信機に接続していないときに、高感度な受信機の損傷を防ぐため、受信機入力と送信機出力の間に十分なアイソレーションがあること。
- 最後に、T/Rスイッチの切り換え速度が、アプリケーションの要件を満たすように十分高速であること。
サーキュレータT/Rスイッチ
RFまたはマイクロ波用サーキュレータは、RFアプリケーションにおける信号の流れる向きの制御に使われる3ポートのデバイスです(図2)。
図2:回路図記号は、時計回り版(左)と反時計回り版(右)のサーキュレータを表します。各タイプは、その逆向きには無視できる程度にしか信号が流れません(T/Rスイッチとして理想的な特性)。(画像提供:DigiKey)
図2に示した時計回り版サーキュレータの場合、ポート1の信号入力はポート3へ、ポート3からの信号はポート2へ伝播し、ポート2からの信号はポート1へ伝送されます。サーキュレータは非可逆デバイスです。つまり逆向きには無視できる程度しか信号が流れません。たとえば図示した例では、ポート3からポート1へ戻る、ポート2からポート3へ戻る、あるいはポート1からポート2へ戻る向きには信号がほとんどまたはまったく流れません。サーキュレータがT/Rスイッチ(デュプレクサ)として理想的であるのはこの方向性のためです。同様に、反時計回り版のサーキュレータは、信号をポート1からポート2へ、ポート2からポート3へ、ポート3からポート1へ流します。どちらの場合も逆方向には信号がほとんど流れません。
サーキュレータは強磁性効果を利用した受動デバイスであるため、部分的には磁化フェライト材料でできています。3ポートの「Y接合型」サーキュレータは、磁化フェライト材料付近の2つの異なる経路に伝わる波が相殺することを利用しています(図3)。
図3:Y接合型サーキュレータの物理的構造は、3つのポートの対称型ストリップライン接合、フェライトディスク、通常固定の永久磁石によって発生する磁界(HCIR)などで構成されています。(画像提供:Skyworks Solutions)
3ポートのY接合型RFサーキュレータは、ストリップライン3ポート接合の各側に配置された2つのフェライトディスクで構成されています。このサーキュレータの動作は、適度な強さの内部静磁界(図3の「HCIR」を参照)でフェライト素子の軸方向に磁気バイアスをかけることで得られます。サーキュレータは極性が反対の2つのTMモードで動作できます。図3に示す循環状態では、特定の印加磁界のもとでこれらのTMモードはポート3に何も発生させず、つまりアイソレートされた状態で、電力はポート1からポート2へ送られます。ポート2に入る電力はポート3に現れ、と同様に続いてサーキュレータが動作します。この場合の動作は反時計回りです。循環方向は、極性を逆にして静磁界の強さを調整することで逆にすることができます。
サーキュレータをT/Rアプリケーションで使う利点は、スイッチングが発生しないことです。送信機と受信機の両方が常に接続されていて、アイソレーションは信号位相の相殺の結果です。
サーキュレータを使用したT/R設計を実装する場合、送信機出力はポート1に印加します。アンテナはポート3に、受信機はポート2に接続します(図4)。
図4:時計回り版サーキュレータをT/Rスイッチとして接続する場合、送信機出力はポート1に印加し、アンテナはポート3に、受信機はポート2に接続します。(画像提供:DigiKey)
T/Rスイッチの要求を満たす商用サーキュレータの例として、Skyworks Solutions社のSKYFR-000736があります。この50ΩのY接合型サーキュレータは、791~821MHzの周波数範囲におけるT/R切り換え動作を行うことができます。ワイヤレスインフラアプリケーション向けで200Wまで扱うことができるこのデバイスは、送信機-アンテナ間の挿入損失が0.3dBと極めて小さく、最小アイソレーションが22dBです。サーキュレータSKYFR-000736は、比較的小型の面実装デバイスで直径が28mm、高さは10mmです。受動デバイスであるため、電源は不要です。
PINダイオードスイッチ
PINダイオードは、RFおよびマイクロ波の周波数におけるスイッチまたは減衰器として使われます。PINダイオードは、高抵抗の真性半導体層(I層、Intrinsic Semiconductor Layer)を通常のダイオードのP型層とN型層で挟んで形成されています。つまり、「PIN」という術語はこのダイオードの構造を反映しているのです(図5)。
図5:PINダイオードは、それぞれアノードとカソードであるP型材料およびN型材料の間に真性半導体材料の層(I層)が配置された構造をしています。(画像提供:DigiKey)
非バイアス状態または逆方向バイアス状態のPINダイオードのI層には電荷が蓄積されていません。これが、スイッチングアプリケーションのOFF状態を表します。I層を挿入したことによってダイオードの空乏層の有効幅が広がった結果、静電容量が極めて小さく、降伏電圧が高くなります。これら両方がRFスイッチに非常に適した特徴です。
順方向バイアス状態では正孔と電子がI層に注入されます。これらのキャリヤは互いに再結合するのにある程度の時間がかかります。この時間をキャリヤ寿命(t)と呼びます。I層の実効抵抗を最小抵抗値RSまで下げる平均蓄積電荷が存在します。これが、スイッチングアプリケーションのON状態です。
PINダイオードによるT/Rスイッチ
サーキュレータを利用したT/Rスイッチは、周波数範囲が制限された狭帯域スイッチです。PINダイオードを利用したT/Rスイッチは、1/4波長伝送線で実装でき、その場合は同じく周波数範囲が制限されます。PINダイオードを利用したT/Rスイッチの利点は、広帯域設計にできること、つまり周波数に敏感な素子を使わずに済ませられることです。この記事では、広帯域実装に集中します。
基本的なT/RスイッチはSPDT構成で、実装には最少で2つのPINダイオードが必要です。スイッチのトポロジは、シャントダイオード接続でダイオードを送信機および受信機と並列に使う方法、または送信機および受信機と直列に使う方法、さらには両方を組み合わせる方法があります(図6)。
図6:T/Rスイッチの3種類のトポロジ。PINダイオードをそれぞれ、直列構成(a)、シャント構成(b)、直列シャント構成(c)で使用しています。(画像提供:Skyworks Solutions)
直列ダイオード構成(a)では、RFコモン(アンテナ)と送信機および受信機との間にPINダイオードを配置します。送信機~アンテナ間の挿入損失は、順方向バイアスダイオードの直列抵抗に依存します。送信機~受信機間のアイソレーションは逆方向バイアスダイオードの残存静電容量に依存します。
シャント構成(b)では、ダイオードを送信機および受信機と並列に接続します。アイソレーションは順方向バイアスダイオードの抵抗に依存し、挿入損失は逆方向バイアスダイオードの静電容量に依存します。
アイソレーションは、直列接続ダイオードとシャント接続ダイオードを併用(c)することで増加させることができます。この構成が最もよく使われます。アイソレーションは、逆方向バイアス直列ダイオードの静電容量と順方向バイアスシャントダイオードの抵抗によって決まります。アイソレーションが大きいことに加え、保護用ダイオードが2つあるという点で受信機の保護に本質的に優れています。送信機側の挿入損失は、順方向バイアス時の直列ダイオードの抵抗と逆方向バイアス時のシャントダイオードの静電容量の関数です。
高アイソレーションスイッチの大電力版には、Skyworks Solutions社のSMP1302-085LFを低静電容量PINダイオードとして、SMP1352-079LFを低抵抗PINダイオードとして使うことができます。どちらのダイオードも定格降伏電圧は200Vです。SMP1302-085LFは定格消費電力が3Wで、T/Rスイッチの直列素子として最大50Wの連続波(CW、Continuous Wave)を扱えます。逆方向バイアス時の静電容量は、わずか0.3pFです。SMP1352-079LFの仕様上の消費電力は250mWで、このアプリケーションにおけるシャントダイオードとしては十分以上です。直列の順方向抵抗は、SMP1302-085LFよりわずかに小さく、10mAで2Ω、100mAで1Ωです。
すべてのトポロジの制御バイアス信号(Bias 1およびBias 2)はコンプリメンタリであり、同時に状態を変化させる必要があります。どちらのタイプのダイオードもスイッチング時間は、1µs未満です。
高電圧T/Rスイッチで低電圧超音波回路を保護
超音波アプリケーション(非破壊検査、反響定位、医療用超音波など)にもT/Rスイッチが必要です。これらのアプリケーションで使われる手法および部品は、これまでに説明したRFアプリケーションとは異なります。これらのアプリケーションでは、敏感な低電圧動作の電子機器を超音波トランスデューサの駆動に使われる高電圧パルス信号から保護するように作動する、高電圧T/Rスイッチが使われます(図7)。
図7:圧電トランスデューサの1つに高電圧パルスが印加される典型的な超音波アプリケーション。受信機は、電圧の増加を感知して受信機の入力を保護するために開く、高速T/Rスイッチによって保護されています。(画像提供:Microchip Technology)
超音波アプリケーションの送信機は、圧電トランスデューサの1つに直接、接続しています。送信機の出力は、トランスデューサを駆動する高電圧パルスです。受信機は、高速で電圧に敏感な2端子スイッチを介して同じトランスデューサに接続しています。この例のスイッチは、Microchip Technology社の高電圧T/RスイッチMD0100N8-Gです。これは2端子の双方向電流制限保護デバイスです。MD0100はノーマリクローズですが、両端の電圧が±2Vを超えると、スイッチが約20ns後にオープンになります。オープン状態のスイッチは、±100Vまでの電圧に耐えられます。オープン状態では、高電圧が継続的にかかっていることを検出するために使われる200µAの電流がスイッチに流れています。高電圧がかかっていない状態になると、スイッチはクローズ状態にもどります。MD0100の受信機側の端子Bにバックツーバックで接続されたダイオードは、スイッチを通るこの電流の経路になります。これらのダイオードは受信機への入力のクランプも±0.7Vで行います。
MD0100のオン抵抗の標準値は15Ωです。オープン状態のスイッチの静電容量は印加電圧の関数です。12pF(電圧10V時)から最大19pF(100V時)まで変化します。
このT/Rスイッチには、電源不要のシンプルな2端子部品であるという利点があります。
まとめ
単一のアンテナを送信モードと受信モードで切り換えるには課題がありますが、既述のように適切なT/Rスイッチ(デュプレクサ)によって問題を解決できます。ただし、それには設計者がデバイスの動作を理解し、適切なT/Rアーキテクチャを選択することが必要です。
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