産業アプリケーションでBLDCモータのトルクと速さを正確に制御する方法
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2020-02-20
ブラシレスDC(BLDC)モータは、主にサーボ、アクチュエーション、位置決め、可変速などの用途で使用され、産業の製造現場に必要不可欠です。これらの用途では、精密なモーション制御と安定した動作がきわめて重要です。BLDCは磁界を移動させることによってモータのトルクを発生させるという原理で動作するため、産業用BLDCシステムを設計する際の主な制御上の課題は、モータのトルクと速さを正確に計測することです。
BLDCモータのトルクを捉えるには、マルチチャンネルと同時サンプリングを備えたA/Dコンバータ(ADC)で、3つの誘導相電流のうちの2つを同時に計測する必要があります。適切なアルゴリズムを搭載したマイクロコントローラで3つ目の瞬時の相電流を計算します。このプロセスでは、ある瞬間のモータの状態を正確に捉えます。これは高精度で堅牢なモータトルク制御システムを開発するための重要なステップです。
本記事では、必要なシャント抵抗を実装する際の費用対効果の高い方法を含め、精密なトルク制御を実現する上で関係してくる課題を簡潔に説明します。次に、Analog Devicesが提供する、精密差動アンプAD8479とデュアルサンプリング逐次比較レジスタADC(SAR-ADC)AD7380を紹介し、これらを使用して正確な位相測定を行い、堅牢なシステム設計を実現する方法を説明します。
BLDCモータの仕組み
BLDCモータとは、逆起電力(EMF)波形を有する永久磁石同期モータです。観察できる端子の逆EMFは一定ではありません。ローターのトルクと速さの両方に応じて変化します。DC電圧源がBLDCモータを直接駆動するわけではありませんが、BLDCの基本的な動作原理はDCモータに似ています。
BLDCモータは、永久磁石を備えたローターと、誘導コイルを備えたステータを備えています。このタイプのモータは、DCモータからブラシと整流子を除き、コイルを制御電子回路に直接接続した、本質的にはDCモータの内部と外部を入れ替えたような構造です。制御電子回路が整流子の機能を置き換え、適切な順序でコイルを励磁することにより、求める動作を実現します。ステータのコイルの励磁は、同期して均衡のとれたパターンで循環します。ステータのコイルの励磁によりローターの磁石の動きを導き、ローターがステータの導いた方向と一致したと同時に励磁は切り替わります。
BLDCモータシステムには、モータの3つのコイルに電流を流す、3相センサレスBLDCモータドライバが必要です(図1)。3相センサレスドライバに安定した電力を供給する、突入電流制御を備えたデジタル力率補正(PFC)ステージを介して回路に電力が供給されます。
図1:モータ制御システムは、電力を安定化するためのPFC、BLDCモータコイル用の3相センサレスドライバ、シャント抵抗と電流センシングアンプ、同期アンプADC、マイクロコントローラにより構成されます。(画像提供:DigiKey)
3つの励弧電流によりBLDCモータは駆動します。それぞれが励磁によりコイルに位相を作り出し、各位相はそれぞれが異なりますが合計は360°になります。異なる位相の値は重要です。励磁された3つのコイルの位相の合計は360°に維持されますが、均等のバランスで360°になるのではなく、たとえば90° + 150° + 120°といった具合になる場合もあります。
システムの3つすべてのコイルの電流を常に把握している必要がありますが、均衡したシステムでこれを実現する場合、3つのコイルのうち2つの電流だけを計測する必要があります。3つ目のコイルの電流は、マイクロコントローラを使用して計算されます。2つのコイルは、シャント抵抗と電流センシングアンプを使用して同時にセンシングされます。
信号経路の最後には、マイクロコントローラにデジタル計測データを送信するデュアル同期サンプリングADCが必要です。各励弧電流の大きさ、位相、タイミングにより、精密な制御に必要なモータのトルクと速さの情報を提供します。
プリント基板の銅抵抗を利用した電流センシング
精密測定とデータ取得のための設計では多くの検討事項がありますが、このプロセスは、BLDCモータコイルの位相信号を検出するための効果的で低コストの方法を開発するフロントエンドから開始します。これは、抵抗値の低いプリント基板配線内抵抗(RSHUNT)を配置し、電流センスアンプを使用してこの小型の抵抗の電圧降下を検出することで実現できます(図2)。抵抗値が十分に低いことを前提とすると、電圧降下も低くなり、測定方法がモータ回路に与える影響は最小限になります。
図2:電流シャント抵抗(RSHUNT)とAnalog DevicesのAD8479および高分解能ADC(AD7380)などの高精度アンプを使用して、ある瞬間のモータの位相を検出する、モータ位相検出システム。(画像提供:DigiKey)
図2では、電流センスアンプがIPHASE x RSHUNTの瞬間の電圧降下を捉えます。次に、SAR-ADCが信号をデジタル化します。シャント電流抵抗の選択には、RSHUNT、VSHUNT、ISHUNT、およびアンプ入力エラーが相互に関係します。
RSHUNTの値が増加すると、VSHUNTが増加します。良い点としては、アンプの電圧オフセット(VOS)および入力バイアス電流オフセット(IOS)のエラーの影響度を低減できます。しかし、大きなRSHUNTによるISHUNT x RSHUNTの電力損失がシステムの電力効率を下げてしまいます。また、ISHUNT x RSHUNTの消費電力により自己発熱状態が発生し、RSHUNTの名目抵抗値が変化する可能性があるため、RSHUNTの電力定格がシステムの信頼性に影響を与えます。
RSHUNTについては、いくつかのベンダーが特殊用途の抵抗を提供しています。しかし、より低コストの代替手段としては、RSHUNTとしてプリント基板のトレース抵抗を作成するための慎重なレイアウト手法を駆使することです(図3)。
図3:プリント基板の慎重なレイアウト手法は、適切なRSHUNT値を作り出す費用対効果の高い方法です。(画像提供:DigiKey)
RSHUNTのためのプリント基板のトレースの計算
産業アプリケーションでは極端な温度になる場合があるため、基板のシャント抵抗の設計に温度を加味することが重要です。図3では、プリント基板の銅箔トレース上のシャント抵抗の20°Cにおける温度係数(α20)が約+0.39%/°Cです(係数は温度に応じて変化します)。長さ(L)、厚さ(t)、幅(W)、抵抗率(rñ)により、プリント基板のトレース上の抵抗が定まります。
プリント基板に1オンス銅箔が使用されている場合、厚さ(t)は1.37 x 1/1000インチに等しく、抵抗率(r)はインチあたり0.6787マイクロオーム(µΩ)に等しくなります。プリント基板のトレースの領域を表す単位はトレーススクウェア(□)であり、L/Wで表現できる領域です。たとえば、長さ2インチで幅0.25インチのトレースは8□からなる構造です。
上記の変数により、1オンス銅箔のプリント基板におけるトレースの室温での抵抗R□は、(式1)を使用して計算できます。
式1
Tは抵抗の温度です。
たとえば、BLDCモータの相あたり1A(最大)の場合、1オンス銅箔のプリント基板、長さ(L)が1インチのRSENSE、50mil(0.05インチ)のトレース幅であれば、20°CにおけるRSHUNTは式2と式3を使用して計算できます。
式2
式3
1Aシャント電流での抵抗の消費電力は、式4で計算できます。
式4
同時サンプリングADC変換
図2のADCは、位相サイクルのある時点の電圧をデジタル形式に変換します。計測では、3つすべてのコイルの相電圧を同時にかけることがきわめて重要です。これは均衡がとれたシステムであるため、前に触れた通り、3つのうち2つのコイルだけを計測する必要があります。3つ目のコイルの相電圧は外部のマイクロコントローラで計算します。
このモータ制御システムに適したADCは、AD7380デュアル同時サンプリングSAR-ADCです(図4)。
図4:AD7380のような迅速でノイズの少ないデュアル同時サンプリングSAR-ADCは、モータの2つのコイルの瞬間的な状態を捉えることができます。(画像提供:DigiKey)
図4のAD8479は、3相センサレスドライバの幅広いモータ駆動電流の変化に対応できる、非常に高い入力コモンモード電圧範囲(±600ボルト)を備えた精密差動アンプです。AD8479の特性は、ガルバニック絶縁を必要としないアプリケーション内で、高価な絶縁アンプを置き換えることができるものです。
また、AD8479の特性には、素早いモータの変化に対応するための、低オフセット電圧、低オフセット電圧ドリフト、低ゲインドリフト、低コモンモード除去ドリフト、そして優れたコモンモード除去比(CMRR)も含まれています。
AD7380/AD7381は、それぞれ16ビット/14ビットのデュアル同時サンプリング、高速、低電力消費のSAR-ADCであり、最大400万サンプル/秒のスループットレートを備えています。差動アナログ入力は、幅広いコモンモード入力電圧に対応します。また、バッファ付き内部2.5ボルトリファレンス(REF)が含まれています。
トルクおよび速さの精密な制御を実現するため、デュアル同時サンプリングSAR-ADCは電流センシングアンプの瞬間的な出力を捉えます。このため、AD7380/AD7381は、同時に動作する同一の内部ADCを2つ備えています。また、それぞれが容量性電荷再分配ネットワークを備えた容量性入力段を備えています(図5)。
図5:AD7380の2つのチャンネルのうち一方のADC変換ステージが示されています。信号の取得は、SW3が開き、SW1およびSW2が閉じたときに開始します。その時点でCSの電圧がAINx+およびAINx-に変化し、コンパレータの入力が平衡でなくなります。(画像提供:Analog Devices)
図5では、VREFおよびグランドが、サンプリングコンデンサCSの初期電圧です。SW3を開き、SW1およびSW2を閉じることにより、信号取得が開始されます。SW1およびSW2が閉じると、サンプリングコンデンサCSの電圧がAINx+およびAINx-の電圧によって変化し、コンパレータの入力の均衡が崩れます。次にSW1およびSW2が開き、CSの電圧が捉えられます。
CSの電圧を捉えるプロセスには、デジタル/アナログコンバータ(DAC)が関与します。DACは、CSの充電量を固定値加減し、コンパレータを均衡状態に戻します。この時点で変換は完了しており、残存電荷を除去するためにSW1およびSW2は開き、SW3は閉じられ、次のサンプリングサイクルの準備に入ります。
DAC変換時、制御論理によりADC出力コードが生成され、シリアルインターフェースを通じてデバイスからデータへのアクセスが行われます。
まとめ
BLDCモータのトルクおよび速さの正確な測定は、精密で低コストのシャント抵抗が始点となります。説明したとおり、プリント基板のトレースを使用すると費用対効果の高い方法で実装できます。
AD8479電流センスアンプおよびAD7380同時サンプリングSAR-ADCの組み合わせにこのシャント抵抗を加えることにより、設計者は過酷な環境でのモータ制御アプリケーション向けに、高精度で堅牢なトルク・速度制御システムの測定フロントエンドを作成することができます。
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