専用のツイータとウーファを備えた高音質TWSイヤホンの設計を短時間で実現する方法
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2022-10-12
オーディオストリーミングの初期には、ワイヤレスのデータ転送速度に制限があり、ユーザーは何千ものデジタル楽曲をポケットに入れられる便利さと引き換えに、オリジナル楽曲への忠実度が失われるのを許容していました。しかし、より高いワイヤレススループットとより良い圧縮アルゴリズムを実現するワイヤレス技術の登場により、ユーザーの耳はより肥えてきています。つまり、設計者は完全ワイヤレスステレオ(true wireless stereo:TWS)のオーディオイヤホンを提供しなければ、ユーザーの期待に応えられないということです。TWSイヤホンは、従来の設計で失われがちだった高音域を中心に、音域全体にわたって、より正確に音を再現することができます。
しかし、音質は最新のワイヤレスオーディオ再生の一面でしかありません。競争の激しい市場において、ヘッドセットの開発者はユーザーが何を求めているかを良く洞察し、その洞察を基に最終製品の差別化を可能な限り効果的に、かつコスト効率良く行う必要があります。たとえば、ユーザーはより良いリスニング体験をするために、耳の閉塞感の緩和や、効果的なアクティブノイズキャンセル(ANC)も求めています。また、高齢のリスナーでは、高音域の自然な難聴の自動補正(聴覚パーソナライゼーション)の需要も高まっています。
これらの需要に応えるには、低音用のウーファと高音用のツイータを分離した設計に見直す必要があります。これは、多くの開発チームのスキルセットを超えているため、専門家を雇い入れたり専門知識を習得したりする必要があるので、市場投入までのスケジュールが長くなり、機会損失が発生する可能性があります。
そこで、本稿では、商用ワイヤレスオーディオの開発と、それがイヤホンのハードウェア & ソフトウェア設計に与える影響について概説します。次いで、TWSイヤホンのリファレンス設計を紹介します。また、それを使って、最新のオーディオ圧縮ソフトウェアでキャプチャされるようになった力強い低音と伸びやかな高音を正確に再現すると同時に差別化した機能を実現するヘッドホンソリューションを、迅速に製品化する方法も示します。
デジタルサウンドの進歩
現実の世界では音はアナログ信号であるのに対し、当社が取り扱っている録音・再生機器のほとんどはデジタル信号を扱っています。音をデジタル化するのに使用されるのは、サンプリングレート(Hz)とビット深度(bit)を制御するエンコード/デコード(「コーデック」)アルゴリズムによって駆動されるアナログ/デジタルコンバータ(ADC)です。サンプリングにより、音のアナログ波形の振幅が一定の間隔でキャプチャされます。
サンプリングレートはバランスです。レートが低くなると、扱えるデータ量は少なくなり、分解能が低下します。ビット深度は、各サンプルに含まれる情報のビット数で、ここでもビット数と音質の間に妥協が必要になります。一般的なビット深度は16、24、32bitです(図1)。
図1:アナログ音声を所定の周波数とビットレートでサンプリングし、デジタル化したもの。サンプリングレートとビット深度を上げることで、デジタル化された情報がアナログ信号を反映する度合いが高くなり、再生の質が高まります。(画像提供:Knowles)
サンプリングレート × ビット深度 × チャンネル数として、ビットレート(bps:ビット/秒)が算定されます。許容可能な音楽の品質を実現するビットレートは通常、192キロビット/秒(kbps)以上です。たとえば、CDの品質を保証するには、44.1キロヘルツ(kHz)のサンプリングレートと16bitのビット深度を使用する必要があります。したがって、ステレオ再生に必要なビットレートは1.411メガビット/秒(Mbps)となります。
従来のコーデックでは、デコードされたオーディオストリームのリスナーによる知覚に大きな影響を与えないと判断された情報をエンコード時に破棄する圧縮技術が一般的に使用されています。この技術を使用する目的は、オーディオ品質を過度に損なうことなく、可能な限りビットレートを下げることです。このようなコーデックは、デコーダが元の情報を必ずしもすべて持っていないため元の信号を再現できないことから、「ロッシー(lossy:損失が大きい)」と言われています。ロッシーコーデックによって除去されるのは通常、高い(高音)周波数です。
低消費電力の短距離ワイヤレス通信は、その進歩により、より大きなスループットを、バッテリ寿命を短くせずに実現できるようになりました。たとえば、最近リリースされたBluetooth LEベースのワイヤレスストリーミングであるBluetooth LE Audioは、従来のBluetoothオーディオよりもはるかに高いオーディオ品質と低い消費電力を提供しています。
また、コーデックの効率もエンジニアによって向上されてきています。これらの新しい「ロスレス(無損失)」コーデックは、より高いスループットのワイヤレスコネクティビティとも相まって、より高いワイヤレスオーディオを実現しました(表1)。現在、Apple、Amazon、Spotifyなどの企業のオーディオサービスでは、高いオーディオ品質のロスレスストリーミングが提供されています。しかし、ロスレスコーデックでエンコードされたビットレートは、ワイヤレスリンクが確実にサポートできるビットレートよりも通常高くなることに、設計者は注意する必要があります。たとえば、SonyのLDACコーデックは、6.1Mbps(32 x 96 x 2)のビットレートでエンコードできますが、ワイヤレスリンクのビットレートは990kbpsに制限されています。
表1:Sony、Savitech、Qualcommの「ロスレス」コーデックの比較と、QualcommとBluetooth SIGのCD品質のロッシーコーデック(Bluetooth SIGはSBC)の比較。ロスレスコーデックの最大ビットレートは、Bluetoothワイヤレスリンクの能力によって制限されることに注意してください。(画像提供:Knowles)
ANCとパーソナライズドサウンド
TWSイヤホンに対し、ユーザーは音の良さだけを期待しているのではありません。ハイエンド製品では、ANCなどの機能も求められているからです。ANCは、航空機の客室内など周囲の騒音が大きい場合に、高品質なリスニング体験を提供することで人気を集めています。ANCは、イヤホンに内蔵されたマイクロフォンが低周波のノイズを拾って、ユーザーがノイズに気付く前に打ち消すという仕組みです。打ち消しは、ヘッドセットが元のノイズに対して180度反転した二次音源を発生させたときに行われます。
また、ワイヤレスイヤホンのもう一つの重要な拡張機能として、パーソナライズドサウンドがあります。生まれつきや加齢による聴覚障害を持つユーザーは、特に高音を聞き取りにくくなっています(図2)。難聴を補うために特定の音域を増幅できるスマートフォンアプリなどのツールがありますが、原始的なため結果が出にくい傾向があります。しかし最新の高品質製品では、この仕組みの研究をさらに一歩進めています。つまり、ユーザーに詳細なリスニングテストを行うことで、全帯域にわたる聴力レベルをもたらすアルゴリズムを採用しています。その結果、聴覚障害を補うために出力が完璧に調整されるイヤホンが完成しました。
図2:加齢に伴い、徐々に高音域を聞き取れなくなります。聴覚感度の低下を補うために、選択した音域を増幅するのが、パーソナライズドサウンドです。(画像提供:Knowles)
最近のイヤホンにおける直近の技術開発は、耳の閉塞感の緩和です。耳の閉塞感は、イヤホンが外耳道の外側を密閉することで起こります。これは、比較的耳にフィットするように設計されている製品によく見られる問題です。イヤホンが外耳道の音響インピーダンスを効果的に高めることで、特にユーザーが自身で発する低周波音(喋る音、歩く音、飲み込む音など)を耳に受けると、音圧の振幅を増幅します。その結果、耳元で「ブーン」と響くような音が発生し、耳障りで気が散ります。
イヤホンメーカーは、イヤホンと外耳道の間に小さな開口部を設けて音響インピーダンスを下げるなどの機械設計や、ANCルーチンに耳の閉塞感の緩和機能を含めるなどのソフトウェア設計によって、耳の閉塞感を緩和するべく努力しています。
ウーファとツイータを分離した利点
これまで、ワイヤレスヘッドホンの設計は、ハイエンドのオーディオ愛好家向けサウンドシステムに接続されるフルサイズスピーカの設計と比較して、難易度が低いものでした。ユーザーがヘッドホンの低品質を利便性の代償として許容していたことが、設計者が小型でリーズナブルなコストの製品を開発するのを容易にしていたのです。たとえば、ウーファとツイータを個別に搭載する代わりに、フルレンジドライバを搭載することで省スペース化を図るのが当たり前になっていました。高音域の再生は犠牲になることがありましたが、ワイヤレスオーディオストリームにその周波数がない場合はほとんど問題になりませんでした。
もっとも、ロスレスコーデックや、Bluetooth LE Audioなどの高スループット技術の登場により、ワイヤレスオーディオでは低音域から高音域までフルレンジで楽しめるようになりました(図3)。このようなワイヤレスオーディオを再現するには、これまでよりもはるかに多くの機能がイヤホンに要求されます。さらに、ANC、パーソナライズドサウンド、耳の閉塞感の緩和、および、音楽/テレビ/ビデオ会議/音声通話など幅広いユースケースへの対応のすべてを非常にコンパクトに、かつリーズナブルな価格で実現することがユーザーから求められています。
図3:ロスレスコーデックは高音域の情報量が多いため、適切な設計のイヤホンでは音楽再生時の高音域の再現性が高くなります。(画像提供:Knowles)
これらの要求事項の多くにより、設計上のトレードオフが発生せざるを得ません。たとえば、航空機の客室などの騒がしい環境下で効果的なANCを行うには、高い低音出力と低い歪みを生成することがスピーカドライバに求められます。耳の閉塞感を解消するセミオープン設計では、低音出力がさらに要求されます。同時に、ロスレスオーディオの再生には、20キロヘルツ(kHz)以上までの高音出力に対応することがスピーカドライバに求められます。この2つの要求を小型のダイナミックスピーカドライバ1つで満たすことは、事実上不可能です。
この問題の解決策は、低音域と高音域をダイナミックウーファおよび独立したバランスドアーマチュア(BA)ツイータに分割することです。BAツイータは、もともと補聴器用に開発された専用部品ですが、現在では、高音質イヤホンの高音域レスポンスを増幅するために採用されることが多くなっています。BAツイータは、電子信号によって振動させた小さなリードが、コンパクトなエンクロージャ内の2つの磁石の間でバランスを取ります。リードの動きが、非常に硬いアルミの振動板に伝わり、音を奏でます。
専用のウーファとBAツイータの構成では、ウーファがロスレス再生やANC、耳の閉塞感緩和を実現する力強い低音の提供に専念するように設計可能となる一方で、BAツイータはクリアで明瞭な高音を出力できるように最適化されます。これにより、イコライジングの必要性が減るので、電力を節約できてダイナミックヘッドルームを増大させることができます(図4)。
図4:スピーカシステムをダイナミックウーファ(緑)とBA型ツイータ(青)に分離することで、フラットなハイブリッド音域レスポンス(赤)を実現(画像提供:Knowles)
また、スピーカドライバを分離することには、ドライバの配置の自由度が高まるというメリットもあります。たとえば、ウーファとイヤチップが直線上に並ばないようにすることで、BAツイータを耳の穴の近くに配置し、ツイータとイヤチップの間に閉じ込められる空気量を最小限に抑え、耳の閉塞感を抑えることができます(図5)。
図5:イヤホン内でウーファとツイータを分離することで、ツイータをイヤホンの前方に配置でき、耳の閉塞感を抑えることができます。(画像提供:Knowles)
また、ウーファとツイータを分離することで、音域レスポンスを洗練させることができます。たとえば、ツイータ開口部付近の音響特性を整形して、高音域レスポンスを洗練させることができます。次いで、ウーファの信号とツイータの信号が洗練された方法で混合されるように、クロスオーバーを調整することができます。また、コイルのインピーダンスを高くしたり低くしたりしてツイータの感度を調整し、ウーファとのマッチングを良くすることができます。デジタル信号処理(DSP)を用いたチューニングにより、イヤホン全体の音域レスポンスの最終的な整形を行うことができます。
さらに、多くのBluetooth ICがデュアル出力を備えているため、ウーファとツイータを個別のアンプで駆動できるので、音域レスポンスの整形の自由度をさらに高めることができます。
高音質ワイヤレスオーディオのリファレンス設計
ワイヤレス設計で単一のスピーカドライバに慣れている設計者は、高音質再生に必要なウーファとツイータの分離によってさらなる複雑性に直面するでしょう。しかし、トレンドは明らかに高音質化であるため、ロスレスオーディオストリーミングを高品質に再生するデュアルドライバ設計への道程を検討する必要があります。
BAツイータのメーカーであるKnowlesは、このような設計を支援するために、完全ワイヤレスステレオ(TWS)イヤホンのリファレンス設計TC-35030-000を発表しました。このリファレンス設計は、ユーザーが求める主な先進機能を多く搭載してよくある設計課題の多くを取り除くことで、TWSイヤホンの市場投入までの時間を短縮することができます。
このリファレンス設計には、Knowlesが独自に設計した、高域の音を良くするためのBAツイータと、しっかりとした低音を出すための10ミリ(mm)のダイナミックウーファが含まれています。また、ANCや音声通話のためのMEMS(Microelectromechanical Systems:マイクロエレクトロメカニカルシステム)マイクロフォンも含まれています。このリファレンス設計では、内蔵バッテリにより、13時間の再生と8時間の連続通話が可能で、Bluetooth 5.2にも対応しています。さらに、タッチ制御や統合型音声アシスタント技術などの機能も組み込まれています(図6)。
図6:TWSイヤホンリファレンス設計TC-35030-000には、高域の音を良くするためのBAツイータと、しっかりとした低音を出すための10mmのダイナミックウーファが含まれています。(画像提供:Knowles)
BAツイータは、20kHzを大きく超えるレスポンスを実現します。Knowles製品の高音出力を一般的な8mmダイナミックスピーカと比較した場合、BAツイータが、聴覚のパーソナライゼーションや強化を実現する機能も含め、高品質のオーディオに必要な強化した高音の出力と拡張を実現します(図7)。
図7:Knowles製BAツイータの高音域レスポンスとダイナミックスピーカの高音域レスポンスとの比較が示されています。(図提供:Knowles)
まとめ
ワイヤレス半導体とコーデックの進歩は、イヤホンのあり方を大きく変えました。現在、TWSには、重低音、洗練された高音、そして広いダイナミックレンジをインイヤTWSデバイスが求められています。また、ANCやパーソナライズドサウンドなど先進機能が期待されているほか、耳閉塞などの効果については避ける機能が求められています。
TWSヘッドセットの音域レスポンス要件をより良く満たすために、設計者は専用のツイータとウーファを備えたデュアルドライバ設計に移行する必要があります。これは技術的に難しいことですが、KnowlesのTWSイヤホンリファレンス設計TC-35030-000はそのための大きな助けとなります。BAツイータ、ウーファ、MEMSマイクロフォンを組み合わせ、高音質イヤホン設計の基盤として、明確な製品差別化を可能にする機能を提供します。
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