パーソナル音増幅製品(PSAP)の性能とコスト/電力効率を改善する方法

著者 Bonnie Baker(ボニー・ベイカー)氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

パーソナル音増幅製品(PSAP)は、スポーツや難聴に対して必要な最小限の聴覚増幅を低コストで実現することができます。このスマートで調節可能なヒアラブルはますます人気が高まっていますが、設計者にとって、コストと消費電力を最小限に抑えながら性能を改善することは常に課題となっています。

これらが課題となる理由は、補聴器内の電子機器による遅延を考慮しつつ、周囲への問題となる音漏れや聴覚器における骨伝導信号を低減する必要があるためです。そのような電子機器としては、マイクロフォン、スピーカ、DSP、コーデックがあります。電子機器からのゲイン信号と遅延信号と、周囲の音声および骨伝導音を合成することで、櫛形効果が生じますが、この櫛形効果は問題として認識する必要があります。そうすることで初めて櫛形効果を効果的に緩和できるようになり、費用対効果が高く、電力効率の高い設計を実現できるようになるのです。

そこで、本稿では、PSAPの構造、操作、一般的な設計要件、および櫛形効果などの主な技術的概念について説明します。次いで、櫛形効果に対応できるAnalog Devices/Maxim IntegratedのPSAP用低電力・高性能オーディオコーデックを紹介し、その適用方法を示します。

PSAPの操作と設計要件

年齢とともに、ラジオやテレビ、会話などが聞き取りにくくなるケースは多いでしょう。レストランやパーティでの歓談の聞き取りが周囲の雑音で妨げられることもあるでしょう。聴覚障害の既存の解決策は、医療デバイスとして分類・規制されている高価な補聴器に頼っていました。各ユーザーの難聴の程度を問わず、これらのデバイスは、規制のないPSAPヒアラブルよりもかなり高価なものです。

充電式PSAPは、レクリエーションや低レベルの補聴を目的としています。カスタマイズ可能な低レベルの増幅機能を備えており、中高音域の周波数を増減することでユーザーが明瞭に聞き取れるようにします。このアンプは通常、フィードバックノイズやバックグラウンドノイズを低減するためのノイズキャンセル回路と増幅リセットを備えています(図1)。

画像:カスタマイズ可能な低レベル増幅機能を備えているHPFY C350+などのPSAP図1:C350+などのPSAPは、カスタマイズ可能な低レベル増幅機能を搭載しており、聞き取りの明瞭度を改善することが可能です。(画像提供:Health Products for You(HPFY))

各デバイスの周波数範囲は、音声や音楽など、主とする用途によって異なります。音声の場合なら20ヘルツ(Hz)~8キロヘルツ(kHz)ですが、音楽の場合なら最大可聴値の20kHzまでとなります。ほとんどのPSAPデバイスには、電源として電池が搭載されているほか、周波数範囲全体にわたってカスタマイズ可能な増幅を行えるPCソフトウェアが搭載されています。また、これらのデバイスは、ユーザーの周囲の音声、携帯電話からの音声、およびオーディオストリーミングに対し、優れた音質と音声明瞭度を実現するようにも設計されています。

標準的な音声PSAPシステムには、オーディオコーデックとDSPコアが搭載されています。このPSAP音声システムの簡単な構成図(図2)にはオーディオコーデックが含まれ、A/Dコンバータ(ADC)へのマイクロフォン入力が備わっています。オーディオコーデックは、ADCのデジタル出力を、Bluetoothシステムオンチップ(SoC)/DSPコアにデジタル伝送する準備として、デシメートします。

図:標準的なPSAP音声システム(クリックして拡大)図2:標準的なPSAP音声システムは、マイクロフォン、ADC、デシメータ、Bluetooth/DSPコア、補間器、D/Aコンバータ(DAC)、アンプ、スピーカで構成されています。(画像提供:Maxim Integrated、ボニー・ベイカー氏により一部修正)

Bluetooth SoC/DSPコアは、DSPブロックへの準備として、さらに信号をデシメートします。DSPブロックは信号を処理し、補間して、デジタル信号をオーディオコーデックに送り返します。オーディオコーデックは、デジタル信号を元のアナログに変換し、スピーカ出力を駆動します。

イネーブルにされたPSAPからユーザーの鼓膜に届く音は、2種類あります。S1は、ユーザー音声の周囲への漏れの残り(S1A)と骨伝導音(S1B)の合計です。S1用に、ヒアラブルデバイスは、耳の開口部を塞ぐことで、音声が外耳道の内部に到達して外部に漏れることを防ぎます(図3)。

図:PSAPによって鼓膜に到達する音源図3:周囲への漏れ(S1A)、骨伝導音(S1B)、処理された周囲の音(S2A)という3つの音源が、PSAPによって鼓膜に到達します。(画像提供:Maxim Integrated、ボニー・ベイカー氏により一部修正)

PSAPのマイクロフォンが周囲の音を取り込み(S2)、DSPがそれを処理して出力信号(S2A)をオーディオトランスデューサで外耳道に送り込みます。重要なのは、オーディオ処理チェーンの設計によって遅延が生じることです。この3つの音が、ユーザーの鼓膜でまとまって、PSAPの体験が生まれます。

PSAPの櫛形効果

PSAPの体験では、すべての音を鼓膜に当たる前に合成する必要があります。S1Aがユーザーの鼓膜に到達する時間は、S1Bがユーザーの鼓膜に到達する時間と同じですが、図に示すように、S2信号はPSAPを通過するため、若干の遅延が生じます。遅延とゲインが適切に調整されていない場合は、複数の音源が合成されたときにエコー効果が発生します(図4)。

図:3つの音を合成する信号モデル図4:3つの音S1A、S1B、S2を合成する信号モデル(画像提供:ボニー・ベイカー氏)

図4の変数はDelay(遅延)とG(ゲイン)です。S1信号は直接、鼓膜に到達します。S2のゲイン関数が周囲への漏れS1の音をS2の電子伝導経路に加えることで、遅延が生じます。S1とS2を合成するとエコーが生じる可能性がありますが、これは遅延時間やゲインの大きさを操作することで最小限に抑えることができます。

図5は、遅延が0.4ミリ秒(ms)と3msで、Gが0デシベル(dB)、15dB、および30dBである場合の、信号応答を示しています。

画像:2つの音を合成した周波数応答図5:信号モデルに基づき、遅延を0.4msから3msに、ゲインを0dB、15dB、30dBに変化させた場合の2つの音の合成周波数応答(画像提供:Maxim Integrated、ボニー・ベイカー氏により一部修正)

図5の正規化された周波数応答は、鼓膜に対する遅延とゲインの効果を示しています。Gが0dBの場合は、複数のノッチという形で歪み、つまり櫛形効果があります。櫛形効果により、残響やエコーのため音質が劣化する場合があります。図5のAでは、3msの遅延により、BやCの場合よりも、はるかに低い周波数のノッチがより多く生成されています。

図5のBでは、ゲインがAよりも増加しているため、櫛形効果が小さくなっています。ゲインが0dBから15dBに変化することで、最大3dBのリップルが形成されています。ゲインが30dBである図5のCでは、どちらの遅延に対しても、ほぼフラットな応答が得られています。

櫛形効果を緩和する方法

前述のように、ゲインの増加と遅延の減少により、従来のPSAPシステムにあった櫛形効果が緩和され、櫛形効果の残響やエコーが低減されています。先進のPSAPデバイスは、遅延/ゲイン成分を追加の低遅延デジタルフィルタに置き換えることで、アンチノイズ機能を実行します(図6)。

図:4つの音が鼓膜に到達する先進のPSAPシステム図6:S1A、S1B、S2A、S2Bという4つの音が鼓膜に到達する先進のPSAPシステム(画像提供:Maxim Integrated、ボニー・ベイカー氏により一部修正)

図6では、低電力・高性能オーディオコーデックMAX98050がアンチノイズ(S2B)を生成し、元の周囲の受動音源と合成して新しい音を生成しています。MAX98050に備わるノイズキャンセル機能と音声/周囲音強化機能は、S2Bが低周波数のノイズを確実に低減できるようにする低電力、低遅延のデジタルフィルタを使用しています。

図7に、MAX98050 PSAPソリューションの簡略化したブロック図を示します。

画像:MaximのコーデックMAX98050によって作成されるPSAP信号インターフェース図7:MAX98050コーデックは、ゲインを変化させてノイズと遅延を低減するPSAP信号インターフェースを作成します。(画像提供:ボニー・ベイカー氏)

図7のブロック図に基づくシミュレーション(図8)は、MAX98050システムの櫛形効果と、ノイズに対するゲインと遅延時間の影響を示しています。

画像:図7のブロック図のシミュレーション図8:図7のブロック図のシミュレーションが、MAX98050の櫛形効果と、ノイズに対するゲインと遅延時間の影響を示したものです。(画像提供:Maxim Integrated)

図8は、MaximのアンチノイズソリューションがS1とS2のゲイン差を際立たせていることを示しています。シミュレーションと、実際のフォームファクタとリアルタイム評価システムに基づく測定により、提案されたアンチノイズソリューションが検証されているのです。

なお、音声システムにおける遅延を低減するには、ADCやDACのサンプリングレートを比較的高くする必要があります。ただし、このような変更を行うと、計算負荷が増大し、電力効率は低下します。全体的には、音声性能が低下しますので、注意してください。

まとめ

PSAPは、聴力の向上を目指すすべての人が、低コストで明瞭に聞き取りを行えるようにします。設計者にとっては、コスト/電力効率と性能を改善するという課題は継続しているため、櫛形効果をより効率的に処理する必要があります。ご説明したように、設計者は、低電力で常にアクティブなMaxim Integrated製MAX98050コーデックを使ってPSAPの櫛形効果を緩和することで、音声と電源の性能を改善し、次世代PSAP用に柔軟なシステム設計を実現することができるのです。

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著者について

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Bonnie Baker(ボニー・ベイカー)氏

Bonnie Baker氏は、アナログ、ミックスドシグナル、シグナルチェーンの経験豊富な専門家であり、電子技術者です。Baker氏は、業界の出版物で技術記事、EDNコラム、製品特集など、数百本の署名記事や著書を執筆してきました。『A Baker's Dozen: Real Analog Solutions for Digital Designers』(ベイカーの12の教え:デジタル設計者のためのリアルアナログソリューション)を執筆し、他にも数冊の書籍を共著する傍ら、Burr-Brown、Microchip Technology、Texas Instruments、Maxim Integratedで設計者、モデリングエンジニア、戦略マーケティングエンジニアとして働いてきました。Baker氏は、アリゾナ大学ツーソン校で電気工学の修士号を取得し、北アリゾナ大学(アリゾナ州フラッグスタッフ在)で音楽教育の学士号を取得しています。彼女はまた、ADC、DAC、オペアンプ、計装アンプ、SPICE、IBISモデリングなど、様々なエンジニアリングトピックに関するオンラインコースの企画・執筆・発表に携わってきました。

出版者について

DigiKeyの北米担当編集者