ギガビットEthernetを電圧および電流の過渡現象から保護するTVSダイオードのデザインイン方法

著者 Steven Keeping(スティーブン・キーピング)

DigiKeyの北米担当編集者の提供

ギガビットEthernet(GbE)は、家庭や商業施設、産業施設などで広く使われている堅牢で高速な通信システムです。しかし、Ethernetシステムには、特にコネクティビティが建物の外まで及ぶ場合に、課題があります。延長された回線は、予期せぬ高レベルの過渡電圧や電流にさらされることがあり、静電気放電(ESD)は継続的なリスクとなります。

GbEの物理層(PHY)には、絶縁トランスのようなある程度の保護を提供するコンポーネントも含まれています。しかし、内蔵の過渡電圧緩和機能は、すべての状況において保護機能を発揮するわけではありません。

過渡電圧抑制(TVS)ダイオードは、GbEなどのスペースやコストに制約のあるアプリケーションにおいて、安価で堅牢な回路保護デバイスとして実績があります。通常動作では、デバイスはそこに存在しないかのように振舞います。しかし、最大40アンペア(A)のサージ電流や最大30キロボルト(kV)のESDから複数の通信チャンネルを保護し、高速信号の安全性を確保するために通常使用時に低い負荷容量を維持する必要があります。

本記事では,GbEの高電圧過渡現象および ESD保護がもたらす設計上の課題を説明した上で,エネルギー抑制に必要な TVSダイオードの固有の特性について説明します。次に、この問題に対するいくつかの商用ソリューションを紹介した後、選択したデバイスをIEC 61000-4-2、-4、-5などの規格に準拠した過渡現象保護用のシステムに合わせた設計をする方法を紹介します。

過渡電圧の影響がもたらす危険性

GbEは、有線高速通信システムです。銅線接続は、デジタル信号のストリームを構成する「0」と「1」を表す差動信号を伝送します。しかし、その銅線は、シリコン回路素子を損傷させる可能性のある高過渡電圧やESD事象の最適な輸送メカニズムでもあります(図1)。

高過渡電圧やESDによって破壊される可能性のあるGbE PHYの画像図1:保護回路がなければ、GbE PHYは高過渡電圧やESDによって破壊される可能性があります。(画像提供: Semtech

GbE PHYの設計には、絶縁トランスによるある程度の保護が含まれています。GbE仕様(IEEE 802.3)では、最低2.1kVの絶縁定格を要求しています。ほとんどの商用トランスは4~8kVの絶縁が可能です。さらに、GbEインターフェースには通常、コモンモードチョーク(CMC)が含まれています。CMCは、ESDスパイクを低減するために高周波のACを遮断するために使用されるインダクタです。最終的な保護は、「ボブ・スミス」終端からもたらされます。75オーム(Ω)の抵抗を使用し、コンデンサを介してグランドに接続された信号ペアのコモンモードインピーダンスマッチを実現します。終端は、後述するコモンモードエミッションの低減に役立ちます(図2)。

過渡電圧からの保護機能が組み込まれているGbE物理層の図図2:GbE物理層には、絶縁トランス、コモンモードチョーク、抵抗終端回路など、過渡電圧からの保護機能が組み込まれています。(画像提供:Semtech)

包括的な保護を目的として、GbE PHYの絶縁トランス、CMC、終端回路に依存するのは危険です。これらの部品はある程度、過渡電圧の緩和はできますが、ポートが損傷にさらされる状況がいくつかあります。

GbEの過渡電圧は、本来、コモンモードと差動モードのいずれかに分類されます。コモンモード電圧が過渡的な間は、すべてのGbE PHYの導体は、グランドに対して瞬時に同じ電圧に上昇します。すべての導体が同電位であるため、ある導体から別の導体への電流の移動はありません。その代わり、グランドに電流が流れます。電流が流れる一般的な経路は、導体からトランスのセンタータップを経由し、終端回路を経由してグランドに流れるというものです(図3)。

RJ-45コネクタを経由してグランドにコモンモード電流が流れる画像図3:高過渡電圧のコモンモード電流がRJ-45コネクタから絶縁トランスのセンタータップを経由してグランドに流れます。(画像提供:Semtech)

差動モードのサージは別物です。電流は、差動ペアの一方の信号線上のGbEポートに流れ、トランスを経て、もう一方の信号線上のポートから戻ってきます。トランスの1次巻線に流れる過渡電流は、2次巻線に電流サージを誘起します。サージが除去されると、トランスに蓄積されたエネルギーは、脆弱なGbE PHYに移動します。この伝達されたエネルギーが、良くてデータの消失や不具合、悪ければ永久的な損傷につながるのです(図4)。

差動モードのサージが絶縁トランスに電流を誘起するという図図4:差動モードのサージは、絶縁トランスに電流を誘起し、敏感な電子回路を損傷する可能性があります。(画像提供:Semtech)

図4は、差動モードのサージが最も危険で、GbE PHYを潜在的に破壊的な電圧にさらすものであることを示しています。これらのサージから保護するために、絶縁トランスの2次側に追加の保護が必要です。

サージ保護用TVSダイオードの使用

GbE PHYの保護には、大きな過渡エネルギーパルスを分離、ブロック、抑制できるデバイスが必要です。トランスを追加することで、Ethernetエレクトロニクスを完全に分離することができますが、大きくなり、高価になります。ヒューズは安価なブロック方法ですが、トリップイベントが発生するたびにリセットまたは交換する必要があります。TVSダイオードは、ピーク過渡電圧を安全なレベルまで効果的に抑制し、リセットが不要で、コンパクトで、価格も手頃なため、良い妥協案となります。

TVSダイオードは、構造的には、大きな過渡電流や電圧を吸収するために、接合部の断面積を大きくして特別に設計された p-n デバイスです。TVSダイオードの電圧/電流特性はツェナーダイオードの特性に似ていますが、このデバイスは電圧安定化よりも電圧抑制のために設計されています。他の抑制デバイスと比較したTVSダイオードの主な利点は、電気的過渡現象に対する迅速な応答(通常数ナノ秒以内)です。これにより、過渡現象のエネルギーを安全にグランドにそらして、「クランプ」電圧を一定に保ちます(図5)。

TVSダイオードがグランドに低インピーダンスの経路を提供するという図図5:TVSダイオードは、閾値を超える過渡電圧に対して、グランドへの低インピーダンスの経路を提供します。その結果、保護回路には安全な電圧しかかからなくなります。(画像提供:Semtech)

通常動作時、TVSダイオードはその動作電圧(VRWM)までの電圧で、回路は高インピーダンスを示します。端子電圧が降伏電圧(VBR)を超えると、ダイオードの接合部でアバランシェ降伏が起こり、「跳ね返り」が生じたり、または低インピーダンスのオン状態に切り替わります。これにより、過渡的なピークパルス電流(IPP)がデバイスを流れるに従って、電圧がクランプレベル(VC)まで低下します。保護回路がさらされる最大電圧はVC に等しく、一般的には少な目です。電流が保持電流(IH)以下に減少すると、TVSダイオードは高インピーダンスのオフ状態に戻ります(図6および表1)。

TVSダイオードの動作特性の図図6:TVSダイオードの動作特性。降伏電圧では、部品は低インピーダンスのオン状態に切り替わり、過渡的なピーク電流が通過するにつれて電圧を安全なクランプレベルまで下げます。(画像提供:Semtech)

表1 - パラメータの定義
シンボル パラメータ
VRWM 最大動作電圧
VBR 降伏電圧
VC クランプ電圧
IH 保持電流
IR 逆方向リーク電流
IPP ピークパルス電流

表1:図6のパラメータ定義。(表提供:Semtech)

信頼できるメーカーのTVSダイオードは、IEC 61000-4-2(ESD)、IEC 61000-4-4(EFT)、IEC 61000-4-5(雷サージ)などの文書に詳述されている厳しいイミュニティ規格に適合しながらインターフェースを保護するように設計されています。

サージイミュニティの試験方法を規定したIEC 61000-4-5では、TVSダイオードの能力を決定するのに使用される一般的なサージ波形を詳述しています。間接落雷をシミュレートした波形で、8マイクロ秒(μs)でピーク電流値の90パーセント(tp)に達し、20 μsでピーク値の50パーセントまで減衰します。データシートでは、この波形を「8/20 µs波形」と呼ぶことが多く、保護デバイスが耐えられる波形の最大ピークパルス電流 (IPP) の詳細が記載されています。また、データシートには、通常、間接落雷による1.2/50 μsの電圧サージ波形(1.2 μsでピーク電圧に達し、50 μsでピーク値の50パーセントに減衰する過渡サージ)に対する製品の応答も通常詳述されています。

TVSダイオードのもう一つの重要な保護特性は、「ESD耐圧」です。保護デバイスが破損せずに耐えられる最大静電気放電電圧で、一般的には数十kVのオーダーとなります。

GbE PHY保護用TVSダイオード

GbEに加え、HDMI、USB Type-C、RS-485、DisplayPortなど、さまざまなインターフェースの保護にTVSダイオードを利用することができます。しかし、これらのインターフェースは、それぞれ微妙に異なるレベルの保護が要求されます。そのため、TVSダイオードは特定の用途に合わせて設計することが重要です。

たとえば、Semtechは、GbEインターフェース保護をターゲットにした TVSダイオード各種を製造しています。このデバイスは、Semtechによると、他のシリコンアバランシェダイオードプロセスと比較して、リーク電流とキャパシタンスを低減するプロセス技術で製造されています。この製品ラインアップのさらなる利点は、3.3~5ボルト(バージョンにより異なる)の低動作電圧による省エネルギー化です。

たとえば、RailClampシリーズには、2.5 GbEインターフェース保護に適した RCLAMP0512TQTCT があります。このデバイスは、20アンペア(A)(tp=8/20、1.2/50 μs)のIPP 能力、170ワットのピークパルス電力(PPK)を備えています。ESD耐電圧は+/-30 kVです。VBR は、9.2ボルト(typ)、IH は、150ミリアンペア(mA)(typ)、VC は、標準で5ボルト、最大で8.5ボルトです(図7)。

Semtech RCLAMP0512TQTCTのクランプ電圧特性のグラフ図7:RCLAMP0512TQTCTに20 Aをピークとする1.2/50 μsの電圧および8/20 μsの電流サージを与えたときのクランプ電圧特性。短時間のピークの後、クランプ電圧は5ボルト以下に落ち着き、GbE PHYを保護します。(画像提供:Semtech)

RCLAMP0512TQは、1.0 x 0.6 x 0.4ミリメートル(mm)の3ピンSGP1006N3Tパッケージの小型デバイスです。

SemtechのRailClampシリーズには、より危険な状況で使用される可能性のある1 GbEアプリケーションをより強力に保護する製品もあります。たとえば、 RCLAMP3374N.TCTは、40 A(tp = 8/20、1.2/50 µs)のIPP 能力、1キロワット(kW)のPPK を有しています。ESD耐電圧は+/-30 kVです。IPP = 40 A時のVC は25 V(最大)です。コンポーネントのサイズは3.0 x 2.0 x 0.60 mmです。

RailClampの中位機種は RCLAMP3354S.TCTです。これは1 GbEの保護に適しており、 25 A(tp = 8/20、1.2/50 µs)のIPP 能力および400ワットのPPK を提供します。ESD耐電圧は+/-30 kVです。IPP = 25 A時のVC は16 V(最大)です。

TVSダイオード保護回路の設計

図8は、RCLAMP0512TQTCTを使用したGbE PHYの保護回路図です。このデバイスは、差動モードのサージから保護するために、トランスのPHY側に配置され、各Ethernetラインペアに1つずつ置かれています。Ethernetの差動ペアは、1番ピンおよび2番ピンの各TVSダイオード部品を通して配線され、3番ピンは接続されていません。

TVSダイオード保護部品図(クリックして拡大)図 8: TVS ダイオード保護部品は、トランスのEthernet PHY側で、各差動ラインペアを横切って、PHY 磁気のできるだけ近くに配置されます。(画像提供:Semtech)

エンジニアは、保護部品をEthernet PHYの磁気のできるだけ近くに、できればプリント回路基板 (pc board) の同じ側に配置することで、保護パスの寄生インダクタンスを抑える必要があります。また、グラウンド接続は、マイクロビアを使ってプリント基板のグラウンドプレーンに直接行うのが効果的です。

特に寄生インダクタンスの低減は、立ち上がりの速い過渡現象を抑制するために重要です。保護デバイスの経路にあるインダクタンスは、保護デバイスがさらされるVC を増加させます。VC はパスインダクタンスにサージ中の電流の変化率をかけたものに比例します。たとえば、立ち上がり時間が1ナノ秒(ns)の30 A ESDパルスに対して、わずか1ナノヘンリー(nH)のパスインダクタンスでピークVC を30ボルト上昇させることができます。

なお、選択したEthernetトランスは、想定されるサージに故障なく耐えることが要求されます。一般的なEthernetトランスは、数百アンペア(tp = 8/20 µs)程度であれば故障することなく耐えることができますが、これは試験で確認する必要があります。また、トランスのサージ耐性が疑わしい場合は、トランスの線路側に保護部品を配置することも可能です。しかしそれによって、トランスによる追加の保護機能が失われ、高エネルギーサージに耐えるGbEシステムの能力は、保護デバイスの能力だけに制限されるという欠点があります。

まとめ

GbEは信頼性の高い高速通信システムとして普及していますが、導体を使用するすべてのシステムは、雷やESDなどの現象によるエネルギー過渡現象にさらされています。このようなサージは、GbEポートのトランス、CMC、終端回路によってある程度緩和されますが、差動モードのサージはこの抑制をバイパスしてイーサネットPHYを損傷する可能性があります。重要なシステムには、保護を追加することを推奨します。

TVSダイオードは、ピーク過渡電圧を安全なレベルまで効果的に抑制し、リセットが不要で、コンパクトで中価格帯であるため、良い選択肢となります。保護部品は、ピーク電流保護を含む幅広い機能が入手できるため、アプリケーションに注意深く適合させることを推奨します。さらに、TVSダイオードの保護性能を最大限に発揮させるために、位置や接地など、優れた設計ガイドラインを遵守することが推奨されます。

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著者について

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Steven Keeping(スティーブン・キーピング)

スティーブン・キーピング氏はDigiKeyウェブサイトの執筆協力者です。同氏は、英国ボーンマス大学で応用物理学の高等二級技術検定合格証を、ブライトン大学で工学士(優等学位)を取得した後、Eurotherm社とBOC社でエレクトロニクスの製造技術者として7年間のキャリアを積みました。この20年間、同氏はテクノロジー関連のジャーナリスト、編集者、出版者として活躍してきました。2001年にシドニーに移住したのは、1年中ロードバイクやマウンテンバイクを楽しめるようにするためと、『Australian Electronics Engineering』誌の編集者として働くためです。2006年にフリーランスのジャーナリストとなりました。専門分野はRF、LED、電源管理などです。

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