車載用、産業用アプリケーション向けの低コストなジェスチャセンシングシステムの設計
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2017-06-14
ヒューマンマシンインターフェース(HMI)は、ほとんどすべての産業用、車載用アプリケーションにとって重要な要素です。操作がより複雑になってくるにつれ、伝統的なスイッチ式の設計は多くの環境に適さないものになってきました。従来型の設計は直観的でなく、機械装置の操作や車両の運転など他の作業に対する集中力を妨げる原因となります。
ジェスチャを使用した操作にはさまざまな方法がありますが、設計者は、性能や精度と、コストや分かりやすさや消費電力との、バランスの良い設計を行う必要があります。
本記事では、赤外線センシングテクノロジを利用したジェスチャコントロールシステムに必要な構成要素について説明します。さらに、開発と商品化までの時間の短縮に役立つ低コストなセンサ評価ボードと関連ソフトウェアについてもご紹介します。
非接触型のセンシングアプリケーション
初期の常用非接触センシングアプリケーションは、対象物の接近を検出して対応する応答を行わせるためのものでした。自動ドア、石鹸ディスペンサ、玄関のランプ、ハンドドライヤなどではすべて、非接触センサが入力として使用されています。
これらのシステムでは近接センサがデジタル的なオン/オフ出力を発生するスイッチの働きをするのに対し、ジェスチャセンシングではユーザーが3次元的な動きを使用して直観的にシステムを操作できます。
また、ジェスチャコントロールではユーザーが大きな空間での動きの変化を利用できるため、細かい正確な動きを大まかな動きに置き換えることができます。このような大きな動きを行えることは、ジェスチャセンシングテクノロジを使用してスポーツ関連の複雑な動きを検出したり複数のプレーヤを追跡するビデオゲームシステムには欠かせない重要な機能です。
赤外線ジェスチャセンシングテクノロジ
ビデオゲームシステムではレーザーと専用のカメラを使用してユーザーのアクティビティを検出しますが、これらは車載用など多くのアプリケーションには複雑で費用がかかりすぎます。たとえば無線チャンネルを切り換えるには一方の手を左または右に動かす単純な動作で十分です(図1)。同様に、ボリュームの調整も、上または下に大きく振る、あるいは押し込む、押し出すなどの動きで行えます。

図1:ジェスチャセンシングシステムでは、直観的な動きを使用して機械装置を容易に操作できます(画像提供:BBC/BMW)
赤外線(IR)センシングテクノロジは、単純なさまざまなジェスチャを低コストで検出できるため、多くの産業用、民生用、車載用アプリケーションに適します(図2)。ハードウェアは、ボード上に指定された距離を空けて配置された2つの赤外線発光ダイオード(IRED)とこれらの中間部に配置された1つの検出器で構成されます。

図2:2つの赤外線ダイオードとその間に配置された1つの検出デバイスを使用する単純な赤外線ジェスチャセンシングシステム(画像提供:Vishay Semiconductor)
各赤外線エミッタの放射パターンは指向性がきわめて高く、エミッタの上を手が通ると反射した赤外線が検出センサで測定され、出力が急激に変化します。オペレータが左から右に手を動かすと、左(黒)のエミッタからの信号が増大して減少した後、右(緑)のエミッタからの信号が同様に変化します。右から左に動かした場合は順序が逆になります。
マイクロコントローラのソフトウェアは、このデータをセンサから受信して信号強度の経時変化を解析し、手を振るジェスチャが行われたか、どちらの方向だったかを判断します。
ジェスチャセンシングの設計例
代表的なジェスチャセンシングアプリケーション回路には、基本的なシステムの他に第3の赤外線エミッタがあり、上下と左右のどちらのジェスチャも検出できます(図3)。

図3:3つのエミッタを使用したジェスチャセンシング設計では、上下と左右のどちらのジェスチャも検出できます(画像提供:Vishay Semiconductor)
システムの心臓部であるVishay SemiconductorのVCNL4035X01は赤外線と周囲光に反応するセンサであり、2.5~3.6V単電源で動作します。この特定用途向け集積回路(ASIC)には、3つの外部赤外線エミッタ用のドライバ、反射光を受ける内部フォトダイオード、フォトダイオードの信号を処理する回路が含まれています。業界標準のI2Cシリアルインターフェースは、データを解析してジェスチャを解読するための外部マイクロコントローラと通信します。

図4:VCNL4035は最大で3個までの外部赤外線エミッタを駆動でき、周囲光センサを内蔵しています(画像提供:Vishay Semiconductor)
電力を節約し間接処理を減らすため、VCNL4035には、ジェスチャイベント(周囲光の変化)が発生するとマイクロコントローラをスリープ解除できるプログラム可能な割り込みピンが用意されており、連続的にポーリングを行う必要がありません。
VCNL4035X01は4.0×2.36ミリメートルの小型リードレスパッケージ(LLP)を採用しており高さも0.75ミリメートルと小さく、スペースが少ないスマートフォン、デジタルカメラ、タブレットPCなどのアプリケーションに対応できます。

図5:VCNL4035の赤外線フォトダイオード(a)と周囲光センサ(b)の正規化スペクトル応答。比較のため人間の眼の応答も示されています(画像提供:Vishay Semiconductor)
動きの方向を判断するためには、ソフトウェアが複数のIREDの出力を区別して比較できなければなりません。ジェスチャセンシングモードのとき、VCNL4035は間隔を空けず順番にIREDを駆動し、3つの16ビットフォトダイオード出力を含む内部レジスタを読み込むようマイクロコントローラに対しフラグをセットします。駆動電流強度、駆動時間、一連の測定の間の時間間隔はすべて、ユーザーが選択できます。
周囲光センサ(ALS)は、入射した可視光線を16ビットのA/Dコンバータ値に変換します。VCNL4035のALSの感度のピークは540nm(さらに広い帯域幅としては430nm~610nm)の位置にあり、人間の眼に近い特性を有します。
IREDに関する要件
最高の性能が得られるようにするためには、IREDの出力がVCNL4035のフォトダイオードの感度応答と一致する必要があります。Vishay SemiconductorのVSMY2940RGシリーズのエミッタはピーク波長(λP)が940nmであり、この目的に適します。これらのデバイスには、ガリウムアルミニウム砒素(GaAlAs)表面エミッタチップテクノロジが使用されており、パルス動作(tp = 100μS)における順電流1Aのときの標準放射強度880mW/sr(ミリワット/ステラジアン)を実現しています。
また、これらのデバイスの光線放射特性パターンはきわめて指向性が高く、基本的にはビーム角範囲が±10°となっています(図6)。

図6:VishayのVSMY2940RG赤外線エミッタは、角変位に対する放射強度の特性曲線がきわめて急峻であり、ジェスチャセンシングアプリケーションに適しています(画像提供:Vishay Semiconductor)
ジェスチャセンシング設計における注意点
ジェスチャセンシングシステムの設計者が最適な設計を決定するためには、さまざまな要件のバランスを考慮する必要があります。その一つは、検出範囲と消費電流の関係であり、もう一つはIREDの配置です。
ジェスチャを検出可能な距離を大きくするにはIREDの順電流を大きくして出力を上げる必要があるため消費電力が大きくなり、バッテリ駆動機器には適しません。電力が大きくなると必要な放熱量も増え、設計サイズが大きくなる可能性があります。
前述の設計例では、IREDの駆動電流200mAで放射強度が標準的な200mW/srとなり、センサボードから40cmまでの距離で手のジェスチャを検出できます。
IREDの配置については、個々のアプリケーションの必要性により外部IREDの数と位置が異なります。単純な近接アプリケーションの場合や指の動きのような小さなジェスチャを検出する場合は、IREDとセンサの間の距離は2、3ミリメートルだけで良いこともあります。
一方、手を大きく振る動作の方向を遠距離で判断するには、センサとIREDの間の距離が大きい方が有利です。最適な距離は、実験的なテストにより求めることができます。
ジェスチャ検出ソフトウェア
VCNL4035から出力を使用して、想定されたジェスチャを判断するには、いくつかの方法があります。簡単な方法の一つは、対象物を検出する最小閾値を設定することです。この閾値を超える立ち上がりエッジがあった場合はIREDの上に手が来たことを示し、立ち下がりエッジは手がIREDの検出領域から出たことを示します。
2つのIREDを使用すると、イベントの順番により、手を振る動作の方向が左か右かが分かります。この方法では各測定サイクルの結果を個別に解析するため、必要なプロセッサのリソースがきわめて少なくて済みます。
より複雑な計算を使用する方法では、複数の測定値セット(フレーム)からのデータを解析します。アルゴリズムは各フレームについて2つの値を計算します。一つは対応するサンプルセットと比較した各信号の標準偏差、もう一つは左の信号と右の信号の間の遅延時間です。アルゴリズムは、この結果をユーザーが定義した閾値と比較することで、発生したジェスチャのタイプを識別できます。
標準偏差sは、解析対象のフレームに含まれるデータの値の広がり方を示し、次の式から求められます。

ただし、 x̄ は現在のフレームの平均値、nは解析対象のサンプル数です。
標準偏差が大きい場合は信号の変化が大きいことを意味し、センサに対し横切るようにまたはセンサに向かって手を動かしたことを示します。
一方、標準偏差が小さい場合は、信号の変化がほとんどまたはまったくなかったことを意味し、センサの検出領域内に手がない、または手を動かさなかったことを示します。信号の間の遅延時間がある程度以上長い場合は、大きく振るジェスチャをしたことを示します。この計算では、2つの信号間の重なりを計算する相互相関アルゴリズムによる遅延の推定も行えます。
容易に始められるセンサスターターキット
VishayのVCNL4020センサスターターキットを使用すると、赤外線ジェスチャセンシング設計を容易に始めることができます。このキットには、USBドングル、プラグインVCNL4020ジェスチャ評価ボード、USBドライバとソフトウェアを収録したミニCDが含まれています。
VCNL4020は、内部赤外線エミッタを使用した近接センサと周囲光センサを内蔵しています。VCNL4020は、空間的な距離を確保する必要がある場合に評価ボード上で外部IREDを駆動することもできます。

図7:VishayのVCNL4020センサスターターキットにはジェスチャセンシング開発を始めるのに必要なハードウェアとソフトウェアが用意されています。通常はまずこのキットでVishayのデバイスを評価した後で、さまざまなVishayセンサ用拡張ボードに接続していただけます(画像提供:Vishay Semiconductor)
USBドングルを使用すると、評価ボードとホストPCの間でI2CとUSBを介した通信を行えます。USBドングルには、高機能な8051マイクロコントローラと内蔵シングルチップUSB 2.0トランシーバを組み合わせたASICであるCypress SemiconductorのCY768013Aが含まれています。USBドングルには、3.3Vレギュレータと、その他のアナログ入力用のMicrochip Technologyの18ビット単入力シグマデルタA/Dコンバータ(ADC) MCP3421も含まれています。
USBドングルは他のVCNLセンサ評価ボードの基本となるものです。VCNL4035評価ボードを含むこれらの評価ボードはすべて、Vishayから無償で提供されます。このボードにはジェスチャの方向を示すLEDの配列があり、特に直観的な構成になっています。
VCNL4035ボードに添付のCDに収録されている開発用ソフトウェアは、前述の標準偏差アルゴリズムと相互相関検出アルゴリズムを実行します。
このソフトウェアでは、データ収集アルゴリズムと検出アルゴリズムの重要パラメータをユーザーが変更できます。次のようなさまざまなパラメータを変更してシステム性能を微調整できます。
- データ測定速度
- 測定時のサンプリング時間
- 上下方向の動きの検出閾値
- 左右方向の動きの検出閾値
- 閾値の傾き
- 標準偏差の閾値

図8:LabVIEW GUIを使用したVCNL4035用のジェスチャセンシング画面。左から右への動きの結果が表示されています(画像提供:Vishay Semiconductor)
スターターキットには、ポピュラーなNational InstrumentsのLabVIEWプログラミングプラットフォーム上で動作するグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)が含まれています。左から右への動きの結果が表示されているジェスチャセンシング画面の例を示します(図8)。IREDが、最初に左(赤)、次に中央(緑)、その次に右(青)の順で点灯します。
LabVIEW環境を始めて使用される開発者の方が最小のコストで今すぐ始められるよう、DigilentのLabVIEW Home Bundleが用意されています。
結論
赤外線ジェスチャセンシングシステムは、さまざまなHMIの要求に対応でき、低コストなハードウェアと高度なソフトウェアの組み合わせにより、産業用、車載用、民生用アプリケーションで一般的な、さまざまな手の動きを検出できます。
Vishayは、開発者の方にHMIのジェスチャセンシング設計を今すぐ始めていただけるさまざまなオプトエレクトロニクス部品とスターターキットをご用意しています。LabVIEW GUIも含まれているため、開発が容易になり、設計時の要件のバランスも管理しやすくなります。
免責条項:このウェブサイト上で、さまざまな著者および/またはフォーラム参加者によって表明された意見、信念や視点は、DigiKeyの意見、信念および視点またはDigiKeyの公式な方針を必ずしも反映するものではありません。




