窒化ガリウム(GaN)パワーアンプをベースにしたレーダシステムのレンジを最大化する方法

著者 Bill Schweber氏

DigiKeyの北米担当編集者の提供

レーダは、軍事監視、航空管制、宇宙ミッション、自動車の安全など、数え切れないほどの用途に不可欠なものとなっています。設計者にとって最も困難な状況の1つは、長距離レーダです。この場合、反射信号が極めて微弱であるうえ、周囲のノイズや回路ノイズにより信号対雑音比(SNR)が低下し、「パルスドループ」が問題となります。

窒化ガリウム(GaN)をベースとするパワーアンプ(PA)は、従来のプロセスを使用するデバイスと比較して、大幅な効率向上などのメリットをもたらしますが、設計者は、パルスドループとその影響を最小限に抑えるためにシステムレベルのアプローチを取る必要があります。これにより、長距離レーダシステムにおいて優れた性能が確保されます。

この記事では、レーダの動作を簡単に振り返り、パルスドループ問題について検討します。次に、Analog Devicesの最新SバンドGaN PAと付属の評価ボードを紹介し、パルスドループを補正して最小化するための手法を提案します。

レーダの原理および問題点

レーダの原理は単純です。システムがRFエネルギーの短いオン/オフパルスを送信し、レシーバがターゲットから反射された信号を受信します。どちらも光速で伝播するため、送信パルスとその反射の間の時間差がターゲットまでの距離(レンジ)を決定します。

原理的にはこの単純なパルスで十分ですが、複数のターゲットが存在する現実世界、特に距離が数十マイル、数百マイル、さらには数千マイルにおよぶ場合には不十分です。このような長距離レーダシステムには、次のような2つの問題があります。

  • 遠方のターゲットからの反射信号は非常に微弱であり、SNRが悪いことです。
  • 距離が離れた複数のターゲットを識別するには、それらの反射信号が歪んでおらず、重なりあっていないと仮定して、間隔の狭い反射を分解する必要があります。

信号強度は、不可避の物理現象と4乗則により、非常に低くなります。これは、レーダの性能と実用的な効果を関連付ける古典的なレーダ方程式によって示されます。

式1式1

ここで、式の各記号の意味は次のとおりです。

Prは予想受信電力

Ptは送信電力

Gtはアンテナ利得

Grは受信利得

λはレーダ波長

σはターゲットの有効断面積

Rはアンテナからターゲットまでの距離

この式は、Rの4乗が分母にあることから、往復減衰が主に距離損失を決定することを示しています。

距離損失を克服する明らかな方法は、送信信号のピーク電力を増大させ、パルスを長くして全体のエネルギーを増大させることです。しかし、この方法では反射がぼやけ、複数のオブジェクトが1つにまとめられて表示されるほどオーバーラップが発生していまいます(図1)。

レーダ画像のスケッチの画像図1:これらのレーダ画像のスケッチは、理想的なパルス応答(左)と劣化したパルス応答およびレンジ(右)を示します。(画像提供:Analog Devices)

性能を向上させるより洗練された方法としては、送信パルスを整形、変調し、「圧縮」して、距離分解能とSNRを改善する方法があります。パルスの圧縮により、レーダシステムは、レシーバで複数のターゲットがぼやけた反射パルスとして重なって見えるのではなく、密集した複数のターゲットを識別できるようになります。

ドループパルス電力の問題および解決策

パルス電力を増大させることは可能ですが、それにより別の問題が生じます。その1つは、出力の増大により、PAを中心とするパルスドループ現象が深刻化することです(図2)。

一般的な矩形レーダパルスの画像図2:この一般的な矩形レーダパルスは、オーバーシュート、パルス幅、立ち上がり/立ち下がり時間、ドループを示しています。(画像提供:Analog Devices)

パルスドループとは、パルス振幅が開始から終了にかけて望ましくない減少が起こることで、通常デシベル(dB)で表されます。パルス振幅とパルス幅の組み合わせがレーダの総合的な電力レベルとしてレンジを決定するため、この減少によりパルス長にわたるレンジが減少します。

ドループは、Analog Devicesの最新製品であるADPA1106ACGZNのような効率的なソリッドステートGaN PAを使用した場合でも発生します。この46デシベルは、1ミリワット(dBm)(40ワット)を基準にしたもので、2.7ギガヘルツ(GHz)~3.5GHzの帯域幅で56%の電力付加効率(PAE)を実現しています。このデバイスは、Sバンドレーダシステムのパルス電力のニーズに適しています。

パルスドループの原因

ドループは主に次のような2つの異なるメカニズムによるものです。

1:PAの性能突然のパルス電流によって変化します 。これにより、熱放散やその他の熱的影響が生じ、その結果、重要なデバイスの性能パラメータが変化します。電流密度と電界の積であるジュール自己発熱によりGaN PAトランジスタチャンネルの温度が上昇すると、アンプの出力電力が低下します。図3は、パルス幅100マイクロ秒(μs)のGaNトランジスタのある動作点におけるチャンネル温度、ドレイン電流、ドレイン電圧の関係を示しています。

GaNトランジスタのある動作点におけるチャンネル温度、ドレイン電流、ドレイン電圧のグラフ図3:パルス幅100μsのGaNトランジスタのある動作点におけるチャンネル温度、ドレイン電流、ドレイン電圧の関係を示しています。(画像提供:Analog Devices)

GaNデバイスは比較的高効率ですが、一部の電力は熱として失われるため、最良の結果を得るためには効果的な熱管理が必要です。パルス幅、パルス繰り返し周波数(PRF)、デューティサイクルによって、ファン、ヒートシンク、冷却プレート、液冷など、1つ以上の冷却方法を組み合わせる必要があります。

一定のパルス幅でデューティサイクルが増加すると、パルス間のPAのオフ時間が減少します。つまり、PAが冷却される時間が短くなり、次のパルスの立ち上がりエッジでより高温になるということです。デューティサイクル100%の極端なケース(連続波(CW))では、PAが冷却される時間はなく、その温度は最大値で一定になります。

これはトレードオフにつながります。デューティサイクルが増加すると、部品の平均温度が上昇し、ピーク出力と平均出力が低下します。しかし、パルス中の温度上昇の大きさは減少するため、ドループが少なくなり、パルス幅の一貫性が高まります。従って、トレードオフは、ドループが少ないことと出力が大きいことのバランスとなります。

2:2つ目の考慮すべき点は電源です。パルス電力の過渡現象が速いため、PA電源は、電圧レールを必要な値に維持しながら、大電力の突然の要求に対処することが課題となります。熱問題と同様、解決策は知られていますが、その実行が重要です。

それは、PAバイアスラインに沿って大容量の電荷蓄積(バルク)コンデンサを追加し、セラミックまたはタンタルのバイパスコンデンサを近くに配置することから始まります。これは、アンプの近くにデカップリングコンデンサを配置したADPA1106-EVALZ評価ボード(図 4、左)や、広いパルス幅の間、電力レベルを維持する大容量の電荷蓄積コンデンサを搭載した関連「パルサーボード」(図 4、右)に見られます。

Analog Devicesが提供するADL6012-EVALZ評価ボードの画像図4:ADPA1106-EVALZ評価ボードの上面(左)は、独自のレイアウトとデカップリングコンデンサの狭い位置関係が示されています。下面はアルミ製のヒートスプレッダ(中央)を示し、関連するパルサーボードには、パルス過渡時に必要な電流を供給するために使用される高価値のバルクコンデンサが搭載されています(右)。(画像提供:Analog Devices)

評価ボードは、ADPA1106のアプリケーションを最適化するための独自の課題に対応するように設計されています。これは、アルミ製ヒートスプレッダに取り付けた10ミルのRogers 4350B銅被覆基板から製造された2層プリント回路基板(プリント基板)で構成されています。このスプレッダは、デバイスへの熱緩和とプリント基板への機械的サポートを提供します。スプレッダの取り付け穴により、ヒートシンクに取り付けができます。あるいは、スプレッダをホットプレートと冷却プレートに固定することもできます。

大容量のストレージコンデンサを使用することは、レーダアレイのサイズ、重量、コストを増加させるため理想的ではありませんが、多くの場合、唯一の実行可能な方法です。さらに、アンプの近くで使用するデカップリングコンデンサの相対的な位置、向き、タイプは、その効果とパルスの精度に影響します。ADPA1106のようなPAのRF周波数では、寄生容量とインダクタンスの影響を注意深く考慮し、設計に織り込まなければなりません。

パルス幅、繰り返し周波数に対するドループの結果

次のような2つの方法でADPA1106 PAのドループ性能をテストしました。一定のパルス繰り返し周波数の下でパルス幅を変化させる方法と、一定のパルス幅を維持しながらデューティサイクルを変化させる方法です。どちらのテストでも、初期オーバーシュートの影響を除去するため、パルス周期の2%からパルスの終わりまでパルスドループが測定されました。

最初のテストでは、パルス繰り返し周波数を1ミリ秒(ms)に固定し、パルス幅を変化させました(図5)。パルス幅の増大とパルスドループの増大には強い相関関係があります。テストされた最大パルス幅では、ドループは0.5dBに近づいており、これはシステムレベルで通常許容されるドループの最大レベルです。

パルス繰り返し周波数を1msに固定して行ったテストのグラフ図5:パルス繰り返し周波数を1msに固定したテストでは、パルス幅の増大とパルスドループの増大との間に相関関係があることがわかります。(画像提供:Analog Devices)

また、熱の影響により、パルス幅が大きくなるにつれて、ピーク出力と平均出力がわずかに低下し、最長パルス幅の最後尾における下り勾配がわずかに増加しました。これは、自己発熱効果がパッケージとその下のヒートシンクの熱管理に影響を及ぼし始めていることを示している可能性があります。

デューティサイクルの影響を評価するために、デューティサイクルを変化させながら、100マイクロ秒(μs)の一定のパルス幅を用いてADPA1106を再度テストしました(図6)。デューティサイクルが100%に近づくにつれ、PAはパルス間で冷却する時間が短くなり、次のパルスの立ち上がりエッジでより高い温度になります。その結果、部品の平均温度は上昇し、パルスの振幅は減少し、パルス中の温度上昇の大きさは減少します。

デューティサイクルを変化させながらパルス幅を一定にした場合のグラフ図6:デューティサイクルを変化させながら一定のパルス幅を使用すると、デューティサイクルが増加するにつれて大きさの変化の程度が小さくなることがわかります。(画像提供:Analog Devices)

これはトレードオフの関係を示しています。これは、部品の絶対温度が高くなることによるピーク出力と平均出力の低下というマイナスの影響を示しています。しかし、PAの温度変化がパルスの持続時間にわたって少ないため、ドループが少なく、パルス幅全体にわたって出力電力が安定するという利点があります。

まとめ

レーダシステムで最大距離を実現するには、パルスドループを最小化するシステムレベルのアプローチが必要です。これには、効果的な熱管理と電源へのバルクコンデンサの追加が含まれます。この記事では、必要なトレードオフのバランスの取る方法を示すため、ADPA1106高効率PAを使用した実際のテストデータを使用し、2つの重要なパルスパラメータを変化させ、適切な冷却を使用することでドループを評価しました。その結果、このデバイスは、標準的なパルス条件の範囲にわたって、0.3dB未満の非常に低いドループを実現することが示されました。

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著者について

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Bill Schweber氏

エレクトロニクスエンジニアであるBill Schweber氏はこれまで電子通信システムに関する3冊の書籍を執筆しており、また、発表した技術記事、コラム、製品機能説明の数は数百におよびます。これまで、EE Timesでは複数のトピック固有のサイトを統括するテクニカルウェブサイトマネージャとして、またEDNではエグゼクティブエディターおよびアナログエディターの業務を経験してきました。

Analog Devices, Inc.(アナログおよびミックスドシグナルICの大手ベンダー)ではマーケティングコミュニケーション(広報)を担当し、その職務を通じて、企業の製品、ストーリー、メッセージをメディアに発信する役割と、自らもそれらを受け取るという技術PR業務の両面を経験することになりました。

広報の業務に携わる以前は、高い評価を得ている同社の技術ジャーナルの編集委員を務め、また、製品マーケティングおよびアプリケーションエンジニアチームの一員でした。それ以前は、Instron Corp.において材料試験装置の制御に関するハンズオンのアナログおよび電源回路設計およびシステム統合に従事していました。

同氏はMSEE(マサチューセッツ大学)およびBSEE(コロンビア大学)を取得した登録高級技術者であり、アマチュア無線の上級クラスライセンスを持っています。同氏はまた、MOSFETの基礎、ADC選定およびLED駆動などのさまざまな技術トピックのオンラインコースを主宰しており、またそれらについての書籍を計画および執筆しています。

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