Power-over-Ethernet(PoE)入門
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2020-05-13
1本のCat3ケーブルまたはCat5ケーブルを使用して電力と通信を組み合わせることにより、技術者はメンテナンスの負担が軽いEthernetネットワークを、個別のシステムを使用する仕組みに比べて素早く、安価に構築することができます。Institute of Electrical and Electronics Engineers(IEEE)の規格の下、この技術が急速に受け入れられ、公的な地位を獲得したのは当然のことと言えるでしょう。「Power-over-Ethernet(PoE)」と呼ばれるこの技術の主な利点はその単純さと、データソケットさえあればどこでも電力が利用できるという点です。
この記事ではPoEと高電力PoE+について紹介し、この規格の概要および、コンポーネント部品、電力供給対象のデバイス、給電装置、「ミッドスパン」および「エンドスパン」のEthernetスイッチおよびスプリッタ、そして単純なシステムについて説明します。
初期のPoE
PoEは、当初Voice over Internet Protocol(VoIP)電話への電力供給という問題への対処方法として登場しました。従来の電話には、音声通話を伝達する銅線から電力が直接供給されていました。しかし、その後普及するようになったVoIP電話は、こうした従来型の回路には接続されておらず、通話の伝送には企業のローカルエリアネットワーク(LAN)のEthernetケーブルが使用されていました。Ethernetケーブルは電力を伝送しないため、VoIP電話はアダプタを使用して主電源に接続する必要がありました。これは洗練されたソリューションとは言いがたく、建物の電力が失われると電話も使用できなくなりました。
2000年、通信装置ベンダーのCiscoは企業として初めて、Ethernet ケーブルを使用してVoIP電話に48 VDCの電力を供給するプロプライエタリの技術を導入することにより、VoIP電話に従来の電話と同じように電源なしで電力を供給することに成功しました(図1)。しかし、PoEが大幅に普及したきっかけは、2001年および2002年に、他の製造業者、特にワイヤレスアクセスポイントのメーカーがこの技術を利用するようになったことでした。
図1:PoEが導入されたCisco VoIP電話(Cisco提供)。
最終的に、この技術に注目したIEEEが、1983年に「Ethernet規格」(IEEE 802.3)を設定する役割を担うことになりました。IEEEは、PoEの標準的なバージョンを作成し、あらゆる製造業者が自社の製品を「PoE対応」にできるようにすることが非常に重要であると考えていました。この任務はIEEE 802.3委員会の作業部会に割り当てられ、「802.3af」という名前が付けられました。2003年6月には、このこれらのコンポーネントについて作業部会がIEEE 802.3af PoE規格を承認しました。2009年には、IEEE 802.3atが、技術的な内容は共通でありながら、さらに多くの電力を処理できる2件目の規格として承認されました。
この規格で定義されている内容
IEEE 802.3afでは、各デバイスに対して最大15.4WのDC電力(最小44VDCおよび350mA)を供給できるように設計されたPoE技術が詳細に定義されています(ケーブル内での損失があるため、給電先の装置での利用が保証されているのは12.95Wのみです)。
この技術では、標準のRJ45コネクタ1点とCat5(Cat3でも可)ケーブルが使用され、約10Wを処理することができます。Ethernetネットワークが通信のために設置されると、このネットワークは電源としても使用できるため、資材、労力、設置時間、継続的なメンテナンスのコストを節約することができます。
電力はEthernetケーブルの使用されていないコンダクタで伝送されます。一般的な10~100Mbpsの物理層では、Cat5のケーブル線の4ペアのうち2ペアしか必要としないためです(この技術は、IEEEの規格では「オルタナティブB」と呼ばれています)。コモンモード電圧を各ペアに利用することにより、電力はケーブルのデータコンダクタで伝送することもできます。Ethernetでは差動シグナリングが使用されるため、Ethernetがケーブルのデータ送信に干渉することはありません(規格の「オルタナティブA」)。
IEEE 802.3afでは、給電装置(PSE)および受電デバイス(PD)という2種類のPoEデバイスが定義されています。PSEでは、電力は装置自体の従来型の電源から供給されます。PSEはEthernetケーブルネットワークでPDに伝送される電力を管理します。PDが必要とする電力はRJ45コネクタ経由で供給されるため、内蔵電源は必要ありません。PoEは、最長で100mの一般的なEthernetケーブルを使用して、PDに電力を供給できます。PDは、旧来のVoIP電話やワイヤレスアクセスポイント、セキュリティカメラ、ポイントオブセール(POS)端末、温度制御システム、さらには機内エンターテイメントシステムなどのデバイスです。
スペアのペアおよびコモンモードのデータペアによる電力伝送のための標準化された既存の手法に加えて、IEEE PoE規格は、PSEとPDの間のシグナリングについても規定しています。このシグナリングにより、PSEは対応するデバイスを検出することができ、ネットワークに接続されている非PoE規格のデバイスに損傷を与えることを回避できます。PSEとPDは、必要な電力、または使用できる電力の量を「ネゴシエーション」します。PDを検出するために、PSEはコンダクタに対して2.8~10VのDC電圧を印加します。PSEは次にループ電流を測定して、PDが接続されているかどうかを判断します。120nF以下の平行コンデンサを備えており、19~27kΩの抵抗性負荷を示しているデバイスがPDとして判別されます。
図2は、PDに電力を供給するPSEの回路図です。
図2:一般的なPoEアプリケーション(Texas Instruments提供)。
規格の拡張
PoEがPDに供給できるのは約13Wである一方、デバイスの中にはさらに多くの電流が必要なものもあります(パン、チルト、ズーム(PTZ)機能を搭載したカメラなど)。こうした製品に対応するために、2番目の規格であるIEEE 802.3atが2009年に導入されました。この技術は「PoE+」と呼ばれ、PDに最大25.5W DCを供給できます。PoEの場合、PSEが供給するのは44~57VDCであるのに対し、PoE+は50~57VDCを供給します。以前の技術の場合、電流は350mAでしたが、PoE+の場合は600mAまで増えています。
PoE+で使用されるのはCat5ケーブル(Cat3内部のワイヤは4本ですが、Cat5の場合は8本)のみです。これにより、インピーダンスが発生する可能性を低減し、消費電力を削減できます。さらにPoE+により、新しいリモートの電力診断、ステータスレポート、PDの電源管理(組み込みデバイスのリモート電源サイクルを含む)など、ネットワーク管理者がより多くの機能を利用できるようになります。
また、PoE+は動的な電力の割り当て、電力の最適化された配分、電源の適切な利用などを実現します。これにより、システムの効率性が高まり、コストが削減されます。
表1では、PoE(IEEE 802.3af)とPoE+(IEEE 802.3at)を比較しています。
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表1:PoEとPoE+の比較。
エンドスパンとミッドスパン
PSEはエンドスパン(Ethernet PoE対応スイッチ)として実装するか、ミッドスパン(ネットワーク上に設置済みの電源なしのEthernetスイッチと組み合わせて使用される電源ハブ)として実装することができます。PDは、エンドスパンからもミッドスパンからも同じように電力を受け取ることができます。
エンドスパンは、電力をデバイスに直接印加します。仕様に従い、エンドスパンでは、ケーブル内でデータペアのスペアのペアを使用することができます。これは、ギガビットEthernetの伝送の場合でも使用できます。エンドスパンではPoE対応スイッチが必要であるため、新しい装置が必要とされる新規の設置で指定される傾向があります。
ミッドスパンでは、既存のEthernetスイッチとPDの間に設置されている中間給電のパッチパネル(インジェクタ)を使用することができます。ミッドスパンは一般にスイッチの近くに配置されるため、リモートデバイスに負荷をかけずにケーブルを接続できるようにするPSEと見なされます。この仕様により、ミッドスパンが使用できるのはケーブル内のスペアのペアのみです。その結果、ミッドスパンはギガビットEthernet接続など、データライン経由で電力を伝送する目的では使用できません。
従来のEthernetネットワークに追加してそのまま使用できるミッドスパンインジェクタには、さまざまなものがあります。こうしたアプリケーションに対応するために、Laird TechnologiesはPOE-48I電源を提供しています。この電源は入力側で自動的にレンジ設定され、出力は安定化されています。このデバイスは、IEEE 802.3af規格に準拠するすべての装置で機能します。POE-48Iはシングルポートを備えており、500mA、48Vで、最大24Wを供給することができます。
Microsemi Analog Mixed Signal Groupは、シングルポートのミッドスパンインジェクタであり高電力のIEEE 802.3at規格に準拠しているPowerDsine 9001GRを提供しています。55Vで最大30Wを生成する9001GRにより、PTZカメラやビデオフォンなど、新たな種類のアプリケーションでリモート電源を利用できるようになりました。このデバイスはIEEE 802.3afに対して下位互換性があり、既存の10/100Base-Tネットワークデバイスおよび、WiMAXやIEEE 802.11nワイヤレスアクセスポイントなど、新興のワイヤレス1000Base-Tデバイスに電源を供給することができます。図3は、一般的な用途を示しています。
図3:PowerDsine 9001GRミッドスパンEthernetスイッチの用途例。
利用可能なマルチポートミッドスパンも多数あります。Phihongは、8、16、および24ポートを搭載したミッドスパンを提供しています。POE370Uは24ポートのミッドスパンインジェクタで、IEEE802.3afに準拠しています。各ポートは15.4Wを供給し、追加の電源管理は不要です。このユニットは検知、ディスコネクト、過負荷保護を実現し、1 Uラック取り付けキットとともに入手することができます。
ミッドスパン供給者は「スプリッタ」も提供していることがあります。これらのデバイスで使用されるPoEの入力は、データと電力という2つの出力に分割されます。この電力はDCケーブルなど、旧来の手段を利用するエンドデバイスにリダイレクトすることができます。スプリッタは、準拠したPSEと非準拠のPDの間で、中間的なデバイスとしての役割を果たします。
Laird Technologyが提供しているPOE-12S-AFIアクティブPoEスプリッタは、あらゆるIEEE 802.3afルータおよび電源からのPoE電力を受け入れることができます。このユニットには過負荷および短絡保護機能が組み込まれており、短絡が検出されると、PoEシステムに損傷を与えることなく、即座に電源をシャットダウンします。
エンドスパンまたはミッドスパンPoEネットワークの選択
エンドスパンは実装に費用がかかり、IEEE規格で定められているPDのみでしか稼働しませんが、この技術が選択されるのには相応の理由があります。たとえば、古いスイッチをすべて交換する場合や、設置環境が新しい場合、技術者はエンドスパンスイッチを選択する傾向があります。
エンドスパンを使用する別の理由としては、旧来型のEthernetスイッチをミッドスパンPoEハブに接続する際の混乱や、追加のパッチコードや追加作業が発生するという不便さを回避するという目的があります。また、企業の管理担当者が、ネットワーク上の各装置には個別のIPアドレスが必要だと考えている場合、デバイスが1台ではなく2台になることで、潜在的な障害点の可能性も2倍になり、作業がより複雑になります。
エンドスパンスイッチを選択する場合は、多くのエンドスパンユニットの供給電力が最大で200Wのみであるため、24ポートスイッチの各ポートが供給できるのは最大8.3Wであり、PoEの規格で指定されている最大15.4Wに届かないことを認識しておく必要があります。
比較的新しいEthernetスイッチがすでに導入されている場合は、ミッドスパンスイッチが選択される傾向があります。これは、PoE機能を利用するためだけにこれらのスイッチを交換するのには費用が高額になる可能性があるためです。ただし、ネットワークがそのミッドスパン製品に対応していることをスイッチの製造業者に確認し、それらの製品に対応するための十分なスペースがあることを確認する必要があります。
電気的な観点からは、ミッドスパンスイッチが選択される傾向があるのは、ネットワーク技術者が特定のPDに対して24、12、および5Vなどの規格外の電圧を利用しようとしており、各ポートで最大限の電力量を利用することを必要としている場合です。ミッドスパンスイッチは、それぞれが電源を持つ多数の旧来型のデバイスに加えてPoEデバイスで構成されているネットワークにも便利です。
ミッドスパンスイッチはエンドスパンに比べて保証期間が長い傾向があり(エンドスパンが1年であるのに比べてミッドスパンは2年)、標準のアプリケーション、プロプライエタリアプリケーションのどちらとも連携します。
図4に、エンドスパンおよびミッドスパンスイッチを使用して構成されたネットワークを示します。
図4:エンドスパンおよびミッドスパンスイッチが使用されているネットワークの図。
従来、PSEには個別の回路が組み込まれており、この回路は電源、Ethernetネットワーク、そして電源の間の通信インターフェースに分割されています。しかし、実装を簡単にするため、シリコンベンダーはPoE+導入環境を最適化するためのさまざまなPSEコントローラを提供しています。
こうしたコントローラでは、インターフェースの回路をEthernetケーブルに適した50~57VDCの電源電圧に変換するリニアレギュレータまたはスイッチング電源と組み合わせています。これにより複雑さが軽減され、PoEおよびPoE+装置が必要とする外部コンポーネントの数が少なくなります(これらのコンポーネントについて詳しくは、TechZoneの記事「Power-over-Ethernet Adapts to Meet Higher Demand(高い要求に合わせてPower-over-Ethernetを適合)」を参照してください)。
今後について- IEEE 802.3bt
まとめると、今世紀の初頭から開発されてきたPoEは、特に商業および産業の用途で幅広く使用される技術になっています。この技術は、特に新規設置の場合は比較的単純な作業で実装することができます。さらに、ミッドスパンスイッチの導入により、旧来のネットワークにPoEを追加するという課題への対応が簡単になりました。PoE+(IEEE 802.3at)の導入によりPDで利用できる電力が増え、古い技術では電力消費が多すぎて稼働させられなかった新しいアプリケーションを使用できるようになりました。
IEEE 802.3atが承認された2009年以降、より大きな電力を必要とする新しいPDを追加したいという技術者たちの強い要望に応えて、PoE技術は発展を続けています。IEEE 802.3atを補完しようという試みにおいて、60Wから最大で95Wを供給できるプロプライエタリのPoEプロトコルが多数市場に導入されました。これらのプロトコルには以下のように、それぞれ異なる名前が付いています。
- UPoE(Cisco)
- LTPoE(Linear Tech/Analog Devices)
- PoH(MicroSemi/Microchip)
- PoE++(業界)
- 4PPoE(業界)
これらの技術は最新の規格には対応しておらず、相互運用できないため、非準拠のハードウェアを損傷する可能性があることに注意してください。しかし、こうした技術が先駆けとなって、より高電力の規格が開発されてきたのです。
2018年の終盤には、PoEの新しい規格であるIEEE 802.3btが承認されました。この規格によって、PDへの供給電力は71.3Wになり、PSE側からは90Wが送出されるようになりました。
表2には、以下すべての規格において送出されるPSEの電力と、PDの受電能力についてまとめています。
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表2:すべての規格のPoE給電能力(Microchip提供)
注意1:ケーブル長が2~5mの場合、PD入力の受電能力は60Wから90Wへと拡張できます。
Ethernetケーブルでより多くの電力を伝送できるようになったことに加えて、新しいPoE IEEE 802.3bt規格では、以前のIEEE 802.3afおよびIEEE 802.3at規格と比較して、以下のとおり、他にも多数の新機能や改善された機能が導入されています。
- 2つのPD構造のサポート:シングルシグネチャPDおよびデュアルシグネチャPD
- 4ペアのEthernetケーブルで動作
- 自動クラス(Autoclass)機能
- ケーブル長が既知である場合の拡張電力機能
- 低スタンバイ電力のサポート(ショートMPS)
- 2.5G-BaseT、5G-BaseT、10G-BaseTのサポート
- IEEE 802.3at/afへの下位互換性
新しいIEEE 802.3bt規格について詳しくは、EA Ethernet Allianceのウェブサイトを参照してください。
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